啄木の風景 生誕120周年記念企画
評論 筆者・桜井健治氏
素顔の啄木像
生涯年表 桜井健治氏監修
啄木を偲ぶ歌碑・施設

啄木を偲ぶ歌碑・施設

 石川啄木ゆかりの地、北海道にはその文学的功績を偲ぶ歌碑や案内板などが多数建立されている。その数は生まれ故郷、岩手県をも上回っているようにみえる。道民はなぜ、夭折した天才へかくも深い愛着を持つのか。慕情や憧れ、あるいは啄木の作品がかもし出すセンチメンタルな世界への耽溺か…。(写真をクリックすると拡大します)

《 札幌 》 《 小樽 》 《 空知 》 《 後志 》 《 函館 》 《 釧路 》 《 東京 》

■札幌

啄木の下宿跡地 (北7西4 クレストビル)
<メモ> 啄木が下宿した北7条西4丁目4番地の田中サト方跡に設置された胸像

札幌駅
<メモ> 啄木が離道した1908年(明治41年)に建てられた3代目札幌駅舎。撮影は1935年ころ

札幌駅
<メモ> 啄木が乗降したと思われる2代目の札幌駅。1907年に焼失した。1885年撮影

大通り公園歌碑と銅像 (大通公園3丁目)
<碑文> しんとして幅廣き街の 秋の夜の 唐黍の焼きくるにほひよ

■小樽

JR小樽駅
<メモ> 姉とらの夫、山本千三郎が小樽中央駅長を勤めていた小樽駅。そばに歌碑も

JR小樽駅前の歌碑 (JR小樽駅)
<碑文> 子を負ひて 雪の吹き入る停車場に われ見送りし妻の眉かな

水天宮の歌碑 (水天宮境内)
<碑文> かなしきは 小樽の町よ 歌ふことなき 人人の 声の荒さよ

小樽公園の歌碑 (小樽公園)
<碑文> こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて 死なむと思ふ

小樽日報社跡 (静屋通り)
<メモ> 静屋通りにある本間内科。かつてここに啄木が勤めた小樽日報があった

啄木の下宿跡 (花園公園通り)
<メモ> 啄木が最初に下宿した煎餅屋跡=現た志満

■空知

美唄の歌碑 (美唄駅東口)
<碑文> 石狩の美國といへる停車場の 柵に乾してありし 赤き布片かな
<メモ> 1908年、釧路へ向かう途中、美唄停車場を通り過ぎた時に詠ったといわれる

滝川の歌碑 (滝川公園)
<碑文> 空知川雪に埋もれて 鳥も見えず 岸辺の林に人ひとりゐき
<メモ> 一握の砂に収録されている作品で、滝川周辺で詠まれたという

岩見沢の歌碑 (岩見沢市北村地区)
<碑文> 石狩の空知郡の 牧場のお嫁さんより贈り来し バタかな
<メモ> 1910年、北村牧場に嫁いだ橘智恵子は、函館の弥生小勤務時代の同僚で憧れの人だった

■後志

倶知安の歌碑
<碑文> 真夜中の 倶知安驛に下りゆきし 女の鬢に古き痍あと
<メモ> 1907年9月、函館大火の後、小樽へ向かう途中通過した倶知安駅の印象を詠んだ歌

■函館

大森浜の歌碑 (大森浜)
<碑文> 砂山の砂に腹這い 初恋のいたみを遠く おもひ出づる日

啄木銅像 (大森浜・啄木小公園)
<碑文> 潮かをる北の浜辺の 砂山のかの浜薔薇よ 今年も咲けるや

啄木浪漫館 (大森浜)
<メモ> 啄木関連の資料を展示している大森浜の啄木浪漫館

函館公園の歌碑 (函館公園)
<碑文> 函館の青柳町こそ かなしけれ 友の恋歌矢車の花

啄木一族の墓 (立待岬手前の墓地)
<碑文> 東海の小島の磯の 白砂にわれ泣きぬれて 蟹とたはむる

函館市文学館 (末広町)
<メモ> 函館関連の啄木の資料を展示している函館市文学館

文学館の内部 (末広町)
<メモ> 啄木の資料が展示されている函館市文学館の内部

居住地跡 (青柳町)
<メモ> 函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢車の花

函館図書館 (青柳町)
<メモ> 啄木の遺骨が一時安置された函館図書館。現在は休館中

函館商業会議所
<メモ> 啄木が勤務した明治期の函館商業会議所の建物

弥生尋常小学校 (青柳町・弥生小学校)
<メモ> 吉野白村の紹介で代用教員として勤めた弥生尋常小学校の現在の校舎

初代函館駅
<メモ> 啄木が来道した1907年ころの函館駅=JR北海道函館支社提供写真

■釧路

釧路停車場跡歌碑 (釧路市交流プラザ前)
<碑文> 浪淘沙 ながくも聾をふるわせて うたふがごとき旅なりしかな

南大通2丁目歌碑 (南大通2)
<碑文> 北の海 鯨追ふ子等大いなる 流氷来るを見ては喜ぶ

小奴の碑 (南大通3)
<碑文> 小奴といひし女の やはらかき 耳朶なども忘れがたかり

小奴人形 (米町1−1−21)
<メモ> 釧路市米町ふるさと館にある小奴人形。小奴の遺品で作られた

釧路新聞社跡の碑 (大町2−2)
<碑文> 十年まへに作りしといふ漢詩を 酔へば唱へき 旅に老いし友

旧釧路新聞社 (大町2−1−12)
<メモ> 復元された旧釧路新聞社

港文館前の歌碑 (大町1)
<碑文> さいはての駅に下り立ち 雪あかりさびしき町に あゆみ入りにき

南大通4丁目の歌碑 (信用金庫南支店前)
<碑文> 神のごと遠く すがたをあらはせる 阿寒の やまの 雪のあけぼの

南大通4丁目の歌碑 (南大通4)
<碑文> わが室に女泣きしを 小説のなかの事かと おもひ出づる日

啄木下宿跡の歌碑 (南大通5)
<碑文> こほりたるインクの罎を 火に翳し 涙ながれぬともしびの下

啄木ゆめ公園の歌碑 (南大通5−2啄木ゆめ公園)
<碑文> さいはての駅に下り立ち 雪あかりさびしき町に あゆみ入りにき

南大通7丁目の歌碑 (南大通7)
<碑文> 山に居て 海の彼方潮騒を 聞くとしもなく君を思ひぬ

南大通7丁目の歌碑 (南大通7)
<碑文> 西の空 雲間を染めて 赤々と 氷れる海に 日は落ちにけり

南大通8丁目の歌碑 (南大通8)
<碑文> あはれかの国のはてにて 酒のみき かなしみの滓を啜るがごとくに

南大通8丁目の歌碑 (南大通8)
<碑文> 三味線の絃のきれしを 火事のごと騒ぐ子ありき 大雪の夜に

米町公園内の歌碑 (米町1−2)
<碑文> しらしらと氷かがやき 千鳥なく 釧路の海の冬の月かな

米町1丁目の歌碑 (米町1)
<碑文> 出しぬけの 女の笑ひ 身に沁みき 厨に酒の 凍る真夜中

米町2丁目の歌碑 (米町2)
<碑文> 春の雨 夜の窓ぬらし そぼふれば 君が来るらむ 鳥屋に鳩なく

米町3丁目の歌碑 (米町3)
<碑文> 顔とこゑ それのみ昔に変らざる 友にも会ひき 國の果てにて

米町3丁目の歌碑 (米町3)
<碑文> 酒飲めば 悲しみ一時に湧き来るを 寐て夢みぬを うれしとはせし

米町4丁目の歌碑 (米町4)
<碑文> 花の下 たもとほる子は行きずりの 袖の香りに物言はせけり

米町4丁目の歌碑 (米町4)
<碑文> さらさらと 氷の屑が波に鳴る 磯の月夜のゆきかへりかな

本行寺境内の歌碑 (弥生2−11−22)
<碑文> 一輪の赤き薔薇の花を見て 火の息すなる 唇をこそ思へ

浦見8丁目の歌碑 (浦見8)
<碑文> よりそひて 深夜の雪の中に立つ 女の右手のあたたかさかな

浦見8丁目の歌碑 (浦見8)
<碑文> 葡萄色の 古き手帳にのこりたる かの會合の時と處かな

浦見8丁目の歌碑 (浦見8)
<碑文> 火をしたふ蟲のごとくに ともしびの明るき家に かよひ慣れにき

浦見8丁目の歌碑 (浦見8)
<碑文> 波もなき二月の湾に 白塗の 外国船が低く浮かべり

■東京

啄木が亡くなった家の跡 (文京区小石川5−11−7)
<メモ> 啄木が亡くなった小石川の家(東京時代、4番目の住宅)の跡地にひっそりと立つ石碑

銀座の歌碑 (中央区銀座6)
<碑文> 京橋の瀧山町の新聞社灯ともる頃のいそがしさかな

聖書の裏書き
<メモ> 新約聖書四福音書の裏表紙に書かれた石川一(啄木の本名)名前

啄木一家が住んだ家 (愛知県犬山市の明治村)
<メモ> 家族を迎えて二階に間借りした新井こう宅、喜乃床(文京区本郷2−38−9)を復元した建物(東京時代、3番目の住宅)