くらしの扉
メモ
筋委縮性側索硬化症(ALS)




2004/10/31(日)朝刊
広がらぬヘルパーのたん吸引 責任ある介護できない
 
普及妨げる国の「3条件」
ALS患者、ボランティア活用も
 
 二十四時間の介護が必要な難病・筋委縮性側索硬化症(ALS)の患者に対し、ホームヘルパーによるたんの吸引が認められて一年が過ぎたが、道内では「ヘルパーに吸引を頼んだが断られた」という患者が多い。患者と介護家族の負担を軽減すると期待された試みは、なぜ広がらないのか。課題を探った。(佐藤千歳)
 
ALS患者はたんがつまると生命の危険につながる。
介護者は、昼夜の別ない緊張を強いられる
 
 ピンポン、ピンポーン。午前三時。Aさん(60)のひたいに張り付けたアラームが鳴った。「たんで息が苦しい」という合図だ。夫(66)が眠気を振り払うようにして起き上がる。ジュ−ッ、ジュ−ッ。吸引器の電源を入れ、のどのたんを取り除き始めた。

 札幌市のAさんは一九九六年にALSを発症し、療養を続ける。全身不随で人工呼吸器をつけているため、完全介護が必要だが、夫婦の二人暮らしで介護者は夫だけ。週四時間、看護師の訪問看護で得る貴重な休息時間も、介護で痛めた腰痛治療のための通院で消えてしまう。

 たんの吸引は医療行為と位置づけられ、医師、看護師と家族にだけ認められてきた。ヘルパーは国の指針に沿った研修を受けているが、医療行為はできず、吸引は許されていなかった。
 ALSをはじめ筋ジストロフィーなどの患者と介護者は、家族と医療従事者以外にも吸引を認めるよう国に要請。介護保険や支援費制度に基づいて訪問介護を行うヘルパーに吸引を認めるよう求めた。

 国は昨年七月、ALS患者に限り「当面の措置として医師・看護師・家族以外にも許容する」と通知し、ヘルパーによる吸引に道を開いた。

 ただ、条件が付いた。《1》業務ではなく介護保険や支援費制度の対象にしない《2》患者と同意文書を交わす《3》医師や看護師から吸引指導を受ける−の三点で、これらがヘルパーによる吸引の普及を妨げる壁となっている。

 昨夏、Aさんと夫も介護保険で毎日三時間のサービスを依頼しているヘルパーに吸引を持ちかけた。「ヘルパーが吸引もしてくれれば、少し余裕が生まれる」と期待した。だが、返事は「事務所に聞いたが、無理だと言われた」だった。

 一千人のヘルパーを抱える札幌市在宅福祉サービス協会(札幌市中央区)も、ALS患者の吸引要請を断っている。たん吸引が業務でないとされたため、事故があった場合も同協会が加入する保険の対象外となる。渡部守明事業課長は「これでは責任ある介護ができない」と話す。

 研修についても、実施内容は事業者に委ねられた形で「医療知識の乏しいわれわれには対応できない」とし、条件の見直しを求める。

 実際、道内で吸引を行っている介護事業者はごくわずかだ。道難病連などによると、障害者による民間非営利団体(NPO)など一部団体に限られる。遅々として進まないヘルパーによる吸引に、自衛策を講じるALS患者もいる。

 江別市のBさん(51)は、保健所を通じてボランティアを募った。現在、五人が交代で夜間の体位交換やたんの吸引を引き受け、介護疲れで入院したこともある妻(42)の負担を和らげている。

 通知により、ボランティアもヘルパーと同様に三条件を満たせばたん吸引が可能だ。Bさんは「ボランティアを頼むと助かる」と文字盤を使って説明した。

 ただ、苦肉の策のボランティアも、確保は簡単でない。運用上、実際的なのはヘルパーによるたん吸引だとして、ALS患者以外にも人工呼吸器装着者や高齢者を中心に普及を待つ人たちは少なくない。

 厚労省は、二〇○六年度に昨年の通知内容を改める方針だが、三条件見直しを求める現場の声がどこまで反映されるか、関係者は注目している。
 
「たん吸引」これまでの流れ
2002年11月
 日本ALS協会に日本筋ジストロフィー協会、脊髄(せきずい)性筋委縮症家族の会などが加わり、坂口力厚生労働相(当時)に、人工呼吸器使用者に対し家族以外の者によるたん吸引を認めるよう求め、全国18万人の署名を提出
03年2月
 厚生労働省が「ALS患者の在宅療養支援に関する分科会」を設置
03年6月
 同分科会が「家族以外の吸引実施もやむを得ないが、訪問看護サービスをさらに充実すべきだ」とする報告書を公表。坂口厚労相が「ALSにとどまらず、(家族以外によるたん吸引を)段階的に拡大していかなければならない」と記者会見で発言
03年7月
 厚労省健康局が都道府県知事に「在宅ALS患者に対する家族以外によるたんの吸引は、当面の措置としてやむを得ない」と通知
04年5月
 厚労省がALS以外の在宅患者に対するたんの吸引について、専門家による研究会を設置
04年6月
 遷延性意識障害(通称・植物症)の患者家族が、全国組織の結成を決定。全国実態調査に加え、ヘルパーによるたんの吸引を認めるよう、国に求める

北海道新聞
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