東京オリンピックの年に、ノースカロライナ州で生まれ、二さいでカリフォルニア州に引っこしました。ロサンゼルス近くのシールビーチという海辺の街です。
私は長女で、弟が二人います。父は歯医者で、母はふつうの主婦です。家族全員のつながりがとても強い家庭でした。
三人きょうだいですから、子供のころは毎年三回、誕生会が開かれました。そのたびに祖父母や親せきが集まり、祖先のこれまでの歩みをよく教えてくれました。祖父母らは話し上手で、私は「もっと聞きたい」とせがんだほどです。
アメリカは世界各国から人びとが移り住んだ国で、私たちはユダヤ人です。
ユダヤ人は中東にあるパレスチナの土地に住んでいましたが、約二千年前、さまざまな勢力にせい服されて、はなればなれになり、イスラエルという国ができるまで、世界各地で厳しい生活を続けていました。
私のそう祖父、そう祖母は昔、ロシアに暮らしていました。しかし、いろいろはく害を受けていたので、二人は一九〇五年ごろ、アメリカのニューヨークに移り住みました。そこでは、それぞれの夢を実現しようという開たく者精神があふれていました。
そう祖父は、ロシアでは動物の病気を治すじゅう医師でしたが、夜にげ同然でニューヨークに来たので、糸や針などの家庭雑貨を街の中で売り歩いて、生活を始めました。
その後、シカゴに引っこし、その息子は苦労しながら勉強して薬ざい師になり、薬局を開きます。私の祖父です。当時のシカゴはギャングが暴れていましたが、祖父のがんばりで父は歯医者になりました。
ロシアからニューヨーク、そしてシカゴからロサンゼルスと移り、私がロシアにもっとも近い北海道に来ました。そう祖父から四世代かけて地球をほぼ一周したんですよ。それも夢を追ってね。
毎年の誕生会で、私は祖先の苦労を知り、開たく者精神を自然に学んでいたのです。みなさんも、おじいちゃん、おばあちゃんから昔の暮らしなどを聞いてみてください。 |