昨年の秋から、北海道新聞の日曜版で「星見が森の風太」を連さいしています。北海道のある小さな町を想像して作り上げ、その町にある北極小新聞部の子供たちがいろいろな遊びを通して野生動物などとふれあい、まわりの自然がいつのまにか傷つけられていることを知るという物語だけど、読んでいますか。
ぼく自身のイメージは、この連さいまん画に登場する新聞部副部長・ケンチくんに近い感じで、物語のなかのできごとはだいたいぼくの体験にもとづいているんです。
ところで、ぼくは根室の街から納沙布岬の方へざっと五キロの友知という海べの集落で生まれました。根室半島のまん中あたりで、近くの海はわんになっています。今はてい防がありますが、ぼくの子供のころはてい防はなくて、遠くまで浅い海が続いていました。
父は漁師で、コンブ漁などをして暮らしていましたが、気が短かった。母は働き者で、しっかり者です。
当時は、近くの家はどこも五人から七人ぐらいのきょうだいがめずらしくなかったけれど、うちは五つ年上の兄と二人だけです。でも兄は体が弱くて、入院と退院をくり返していたせいでしょうか、いっしょに遊んだ思い出はありません。
ただ、家にはおばさん、おばあさんなどのほか、夏になるとアルバイトの高校生も住むので、全部で六人ぐらいになりました。
馬も一頭飼っていて、馬車に使ったものです。
通った学校は共和小中学校といって、人数が少なかったため、小学校と中学校がいっしょになっていました。
家にテレビが入ったのが五さいのころです。それまでのぼくは、おとなの人の話では、家では静かにしていて、どこにいるかわからない、でもいつのまにかラジオのそばにいて、じっとひとりで聞き入っているという子供でした。だけど、学校と外では活発で、明るくて、社交的でした。ただ、ちょっとお調子ものだったですね。 |