昨年はコンサドーレ札幌への熱い応えん、ありがとう。サッカー好きのたくさんの小学生ファンが、ぼくらの試合を見に来てくれてうれしかったです。おかげでJ2での優勝とJ1しょう格を果たすことができました。
ちょうど、この記事が新聞にのるころは、南半球のオーストラリアで新しいシーズンに向け、岡田かんとくや選手たちが合宿しています。今年はまさに勝負の年。強敵ぞろいのJ1のなかで、厳しい試合が続くと思うけれど、ぼくらががんばっている姿を見て、みんなもがんばってくれたらうれしいです。
前置きが少し長くなりましたが、ぼくは三人きょうだいの末っ子として、東京に近い千葉県の船橋市で生まれ、市内の習志野台第二小学校に通いました。
千葉と言えば、昔からサッカーの強い県として知られています。ところが、小学校高学年になるまでのぼくは、サッカーとはえんのない、内気で人見知りする子でした。
とにかく、人と話をするのが大の苦手。いつも、三つ年上の姉、聖子の後ばかり追いかけていました。
会社員の父、忠雄は書道の先生もしていて、団地住まいのわが家には子供やおとなが書道を習いにきていました。ところが、みんながいるのに、ぼくと四つ年上の兄、忠範がすぐけんかをするので、父からよくしかられました。
そんな低学年のころに好きだった遊びのことは次回にふれますが、忘れられないのは百円玉をにぎりしめ、見知らぬ町へ友達と初めて自転車で買い物に行ったことです。
「五円屋」という名前の店で、昔は子供の好きなおかしなどが何でも五円で売っていました。見知らぬ町と言っても、電車で二駅はなれているだけですが、子供のぼくにはすごいぼう険でした。
コンビニ全盛の今は、こんな楽しい店が少なくなって、ちょっとさみしいですね。 |