昔の話をする前に、子供のころの夢がかなった今の活動のことにふれていいかな。というのは、札幌の映画館で2001年4月6日まで上映された鈴井貴之監督の初めての映画「マンホール」にぼくも出演していて、7日からは函館や北見など道内5カ所で上映会とトークショーのツアーを行うってことです。
映画では、ぼくはふ通の生き方からちょっとはずれた、気のいいお兄ちゃんの役柄ですが、そんな自分というものにいま一つ満足していません。でも、だからといってそんな状態からぬけ出すこともできなくて…。
見終わった後はすがすがしくって、ちょっとあしたもがんばってみようかなという気持ちになれると思います。
それにしても映画なんて、子どものころは夢のようにしかみていなかった世界ですが、そこに実さいに自分が出れたというのはほんとに信じられないくらいです。それもちゃんとした映画でしょう。
小学校のときからお笑いにしか興味がなかった人間にとっては、この映画出演を通してほんとにちがう世界を見せてもらったという印象ですし、おかげで一つの自信がつきました。
さて、ぼくは江別で生まれ、小学校5年生のときに江別から札幌の小学校に転校しました。父も母も学校の先生で、兄弟は7つちがいの兄が一人いました。
そうだ。小学生時代を話す前に、保育園のときのことを思い出します。というのもぼくは4さいぐらいから人を笑わせるのが好きでした。保育園では保母さんを笑わせるのがうれしかったので、保育園に通ったというよりはむしろ保母さんを笑わせに行ったという感じで、明らかにおとなが笑うのがおもしろかった。
昔で言うと、人前でずっこけてみせたりして、なにかおませな子供だったんじゃないかな。
そうそう、最初にやった物まねが当時の人気映画「男はつらいよ」で「フーテンの寅さん」を演じた渥美清だった、という思い出があります。われながらちょっとおかしい子供だよね。 |