夏休みはだいぶ前に終わったけど、みなさんはどんな思い出をつくったのかな。
ぼくは羊蹄山とニセコ山系のふもとの後志管内倶知安町で、アウトドアのいろいろな活動を楽しんでもらう会社を経営していて、実際に尻別川などをゴムボートで下るラフティング(四月から十一月はじめ)のガイドも務めている。だから、ぼくの顔を知っている人も結構いるんじゃないかと思う。
もっとも、ラフティングやカヌーなどに取り組んでいる会社はニセコ周辺には五つか六つもあるし、ガイドの数も多いから、どこまでぼくの顔を覚えているか、ほんとうのところはわからないね。
ラフティングはスリルがあるし、今年も人気。客は昨年と同じくらい、二万八千人程度を見こんでいるんだけど、最近はリピーター、つまり何度もくり返して楽しむ人がすごく多い。ぼくとしては家族で楽しんでくれるのが一番うれしいけど、このごろは全国各地から修学旅行でやってくる人も増えました。でも小学生の場合は全部道内だね。
この間は、東京の南方にある小笠原諸島の高校生たち約二十人が修学旅行でやってきたよ。みんな素直で、うそがないというか、とてもいいふん囲気で楽しんでくれた。もっとも最近はアウトドア活動を野外教育という面で考えることが多くなっているし、自然の中でみんながチームワークよく創造力を養ってくれればいいと思う。なにか自分にプラスになるものを持ち帰ってほしいですね。
ぼくの子どものころ? まず学校の制度が日本と少し違います。小学校は六年生まであるけど、その後はハイスクールで、七年生から十二年生まである。これは日本の中学・高校にあたるのだろうね。
生まれたのはメルボルン。だけど、大学の職員だった父の仕事の関係で、二歳のときにシドニーという大きな都市に移った。きょうだいは三つ年上の姉スーザン、二つ年下の妹ケリーで、ぼくを含めて三人。
ぼくがどんな子どもだったかというと、まあ、ふ通の子だったと思うな。 |