みなさんはカーリングという競技を知っていますか。氷のリンクでストーンという丸い石をハウス(標的)に向けて滑らせ、ストーンがハウスの中心に近いチームが勝つというゲームです。
スキーやスケートとちがって競技する人もまだ、多くありませんが、一九九八年の長野五輪(オリンピック)で初めて正式種目になりました。テレビでも放送され、氷の上をいそがしそうにほうき(ブルーム)で掃く、ちょっと変わったスポーツだとおぼえている人もいるかもしれません。
私はその時、日本男子チームの主将でした。女子チームは、五輪の前の世界選手権で四位になるなど、結構強くてメダルの期待がかかっていました。でも男子は、そうでもなかった。
本番ではスウェーデン、ドイツなどの強い国に次々に勝って、あと一勝でベスト4。アメリカが相手でした。ゲームの最終回で最後に投げた私の石は、うまく標的近くに止まって、「勝った」と思いましたが、アメリカの最終ショットにはじかれてしまいました。標的までの距離の差は、人さし指の幅。二センチ足らずでした。成績は三勝四敗の五位で、残念ながら、メダルには届きませんでした。
銀メダルをとったカナダとの試合で、あと一歩で勝てた接戦をし、自信がふくらみました。そのかわり、ほかのチームのマークがきびしくなったし、国際大会の経験が少なく、気持ちの面で差がでたのかもしれません。
アメリカ戦で負けたとき、くやしかった。泣きました。でも、故郷の常呂町からはるばる応援にきてくれた人や観客から「いい試合だった!」と声をかけられたり、あく手を求められたりして、「自分たちはやったんだ」と満足できました。
本当をいえばメダルはほしかったんですが、競技関係者が「全勝できたかもしれないぐらい強かった」といってくれたほど、力がついていたんでしょう。
はじめてカーリングと出合ったのは、中学二年の時でした。姉妹町の高知県佐川町から来た人が、私の家にホームステイしていて、いっしょに常呂町にあるリンクに行って、競技を見たのがきっかけでした。
それからわずか六年。世界の強い国と伯仲した試合ができるなんて、思ってもみませんでした。それどころか、五輪に出場できるなんて夢にも思っていなかったんです。 |