みなさんは宝塚歌劇を見たことがありますか。実際に見たことがなくても、テレビで見た人がいるかもしれませんね。私はその宝塚の星組トップスターになりました。お披露目公演というのが年末まで東京宝塚劇場で上演されました。男役トップは大きな羽のかざりを背負い、スポットライトを浴びて大階段を最後に下りてくるんです。とてもはなやかで夢のある舞台でしたよ。
生まれ、育ったのは札幌の平岸というところです。小学校は平岸小。一年のときに家族旅行で大阪万博を見に行き、その帰りに初めて宝塚歌劇を見ました。といっても、そのときのことはほとんど覚えていないんです。きっとタカラジェンヌになろうなんて夢にも思っていなかったからでしょう。二年生になってバレエを始めました。テレビドラマの「赤い靴」を見て、「私もバレエを習いたい」と両親にたのんだのです。それから高校卒業まで中央区のバレエ研究所にバスで通いました。
三人姉妹の真ん中で、三人の中では一番おとなしくて、手のかからない子どもだったそうです。でも、しんのつよいところはあったんでしょうね。平岸中時代、高校受験を前にして二つもバレエ発表会があったんです。「二つも無理だから一つにしなさい」と親から言われたけど絶対やめたくありません。「出してくれないならごはんを食べない」とがんばって、結局、二つともやりとげました。
宝塚音楽学校に入ったのは札幌啓北商業高を卒業してからでしたが、実は中学三年の時に「バレエの芸を生かせるから受けてみようか」と思ったことがありました。同じバレエ研究所の、東京からひっこしてきた子が熱心な宝塚ファン。影響を受けたんです。でも「やっぱり自分はバレエのほうが好き」と考え直しました。ところがどんどん背がのびて(いまは一六八センチ)、結局背が高すぎてクラシックバレエにはむかない体形になってしまいました。
そのころ所属していたバレエ研究所が歌って踊ってというミュージカル仕立ての創作舞踊を発表したことがありました。その舞台に出た私を見た父が「バレエよりもこっちのほうが向いているかもしれない」と思ったそうです。宝塚音楽学校に入学し、タカラジェンヌへの道に一歩ふみ出したのはそれから三年後のことでした。 |