「動物園の園長だからきっと子どものころから動物好きだったんでしょう」とよくいわれます。確かに家では犬、ネコ、ニワトリ、小鳥を飼っていたし、自分もこん虫やカエルを育てていたので、「そうだなあ」と思いますが、私と同じ世代の人はみんな子どものころは動物に興味を持っていたはずですよ。だって自分の身近なところに自然や動物があったからです。
生まれたのは札幌市中央区の南三西七。街の中心からもススキノからも近いところで家はせんいおろしの問屋でした。きょうだいは姉と妹。男は私一人で真ん中。そのせいかどちらかというとおとなしい性格だったようです。幼稚園でほかの男の子に泣かされて帰ってくると父親に「もっと元気を出せ」としかられたものでした。
それが少しずつ活発になってきたのはやっぱり動物がきっかけだったのかなあ。家に裏庭があってよくセミが飛んできたんですが、家にいたおとなに木に登ってとってくれとせがんだのです。そのセミをずっと持っていたきおくがあります。
それからけっこういたずらみたいなことをするようになって。そうそう、あれは幼稚園のころの冬でした。家の前を通る馬そり、といってもみんなはなんのことかわからないでしょう。いわゆる馬車なんだけども、馬がひく荷台は冬は大きなそりになるんです。それで当時は竹スキーという長さ三十センチぐらいの竹の板を長ぐつの下につけて、馬そりの荷台の後ろにつかまってすべっていたんです。それがなにかのひょうしにころんでしまい、全身が馬フンだらけになったことがあります。
小学生になるといたずらはエスカレートしてぼうけんのようなことをするようになりました。道庁近くに北大植物園があって家からもそんなにはなれていません。それで園が閉まった後、夜七時ごろに自転車で行って、前もってへいの下に穴をあけてつくってあった「秘密の出入り口」から中にしのびこみました。夜になると木の下からはい上がってくるアナゼミの幼虫をつかまえるためなんです。家に持って帰って羽化させるのが楽しくてね。
でも、そのころはまだ自分が獣医師になって動物園で働くなんてことはまったく考えていませんでしたよ。 |