みなさんはボランティアという言葉を知っていますか? わかりやすく言うと「みんなの役に立つことを、お金のためでなく、自分から進んですること」という意味です。私はいま、市立札幌病院で、患者さんや家族の人たちを相手に、受け付けの手助け、病院の中の案内、花だんづくりなどをしています。いっしょに活動している百二十人の中には、みんなと同じ小学生もたくさんいるんですよ。
私は北海道に来た外国人の通訳や、音楽祭のお手伝いなど二十年以上、ボランティアを続けてきました。子供のころを思い出すとお父さん、お母さんの影響をずいぶん受けているなあと思うんです。
生まれは留萌市で、六人姉妹のいちばん下でした。おぼえているのは、まだ第二次大戦が終わったばかりの五十年以上前のことからです。
そのころ留萌はまだニシン漁が盛んで、人口も増えている時でした。父は商店や土地の取引をしながら、町内会長や消防団の団長をしていました。
消防署に救急車を寄付したこともあったし、火事の知らせが入ると、店のお客さんと商売の話をしている最中でも飛び出していき、だれよりも早く消防車の助手席に乗って出動する。消防の服には一番、二番と番号がついているんですが、一番を着ないと気がすまない。「みんなの役に立ちたい」という気持ちが強い人だったのでしょう。
いろいろ商売をしていたので、大金持ちではありませんでしたが、家族はふつう以上のくらしをしていました。ただ、父はつぎはぎのある服を着ていて、荷物をはこぶ時は自動車ではなく、リヤカーを使っていました。学校の帰りに友だちがリヤカーをひいている父を見つけ、「和恵ちゃんのお父さんだ!」とひやかすのを聞いて、こまってしまった記おくがあります。でも、私はいやではなかった。きっと「ふつうの人でいたい」と思っていたにちがいないと考えているんです。
父のやっていたことは、いまのボランティアとはちがっているでしょう。でも、「ふつうでいたい、だれかの役に立ちたい」という気持ちは、知らず知らずのうちに私にも伝わっていたのでしょう。 |