テレビで「ヒカルの碁」(TVH)を見てくれていますか。そして碁をおぼえましたか。
「ヒカルの碁」では、雑誌「少年ジャンプ」に登場した一九九九年から、まんがの中に出てくる碁石のならび方が正しいのか調べるお手伝いをしていました。でもヒカル君や藤原佐為さんの活躍にむちゅうになって、仕事をわすれてしまうこともあったほどです。みんなが読んで囲碁に興味を持ってくれたなら、うれしいですね。
子供のころの話をする前に、いまのことを少しだけ聞いてください。じつは今年、とてもうれしいことが二つあったんですよ。
一つは五段に上がったこと。囲碁を打つ人を棋士といいますが、プロの棋士の世界では五段以上が、強いグループです。私も九月に仲間入りができました。碁を始めて二十年以上、目標はずーっと「強くなること」でした。まだまだ強い人がたくさんいます。でも、やっと目標に届くところまできたなぁ、というのがいまの気持ちです。
もう一つは、私を教えてくださった加藤正夫先生が六月に、日本でいちばん歴史の古い「本因坊」という、大きなタイトルをとったんです。私はスーパーで買いものをしていましたが、けい帯電話で「先生が勝ったよ」と聞いて、思わず声をあげちゃいました。
では、そろそろ子供のころの話を始めましょう。最初に碁石をにぎったのは、六歳。東京都の立川市の南砂小学校の一年生の時でした。みなさんより少し小さいころでしょうか。
もちろん自分一人で始めたのではありません。碁を知らなかった父がおぼえたかったのでしょう、私に「いっしょにやらないか」とさそったのです。いま思うと、そのひとことが私のあゆむ道を決めたのですね。家の近くにあった碁会所という碁を打つ場所に父とかよい始めました。
そこはおとなの男の人ばかりで、たばこのけむりがもうもうとしていました。
そのうち子供の囲碁教室に入りました。二年生の時はアマチュアの初段でしたから、上達は早かったかもしれません。でも特別じゃなかったと思います。子供のときはおもしろいと思ったらほんとうにむちゅうになれるんですよね。 |