新しい年をむかえましたね。初もうでには行きましたか。私の子どものころは毎年、家族で地元の岡山にある吉備津(きびつ)神社というところに行っていました。その神社のお守りには忘れられない思い出があります。
バルセロナ・オリンピックの女子マラソンで銀メダルをとったあと、両足をいためて手術を受けました。なやみました。どう生きていくべきか、走りたいのか、もうやめたいのか、走ることができるのか。復活をかけて出場したのが北海道マラソンでした。
そのときスポーツウエアの左腰のあたりにぬい付けたのが吉備津神社の赤いお守り。赤は必勝祈願のお守りなんです。結果は大会新記録で優勝。本当にうれしかった。走っていると「アーリモリッ」とか「ユ・ウ・コ」とかの応援の声が聞こえます。手をふっている人の顔も見えます。沿道のみなさんの声援に背中をおしてもらってゴールすることができたんです。
北海道マラソンは私にとって忘れられない大会になりました。もともとつながりがあった北海道との結びつきもさらに強くなったんですよ。
きっとみなさんは私のことを小さいときから走るのが得意だったと思っているでしょうね。でもそうでもないんです。生まれたときは、こ関節脱きゅうという病気だったのでそのためにO脚になりました。だから走るのに苦労したみたいですよ。
走ることを始めたきっかけは単純なことだったんです。みんなにも同じような経験があると思うけど、小学校の体育の先生にあこがれていたんです。それで、できるだけそばにいたくて、その先生が顧問をしていた陸上クラブに入りました。小学五年のときです。
そのとき先生が特別速くもない私にこういってくれました。「がんばって走ればきっと速く走れるよ」。その一言がきっかけになりました。ずっと探していた「がんばれるもの」。それが「走ること」でした。先生は一生けんめいやることの楽しさを教えてくれたのです。今から思うと、そこがマラソンランナーとしての出発点だったんですね。 |