私は秋田市にある秋田県立大学で、「気象学」という学問を学生といっしょに研究しています。気象学は天気予報のほか、「雨」という字が入っている「雪」「雲」「霧」「雷」などの漢字があらわす天気のようすや、なぜ雨がふるか、どんな形の雪ができるかなどを勉強する学問です。
私は北海道大学にいた時も入れて、五十年近く研究を続けています。南極にも行ったし、いまも大学のへやのコンピューターには、北極に近い寒い外国から、天気を調べた数字がどんどん入ってくるんですよ。
みなさんは、学問とか研究は大学に入ってからするのだと思っているかもしれません。でも、私は子供のころ過ごした北海道ならではの思い出がきっかけで、気象学の研究を始めたのです。暖かい場所で生まれていたら、南極へ行こう、北極で研究しようと思うことはなかったかもしれません。
生まれたのは一九三四年(昭和九年)。ふるさとは根室に近い標津町で、高校を卒業するまで住んでいました。
標津や根室、釧路は今もお米がとれないでしょう。子どもの時、私は授業で日本はお米の国だ、と聞いたのに、自分の住んでいる町でイネがなぜ実らないかわからなかったのです。近くの農家が畑で育つイネを栽培しようとして失敗した話も聞きました。なぜ、米がつくれないのか、不思議でなりませんでした。
そのころ、家で買う米の中に、モミがらがついたままのがまじっていたので、それを集めて、ふちが欠けたすりばちに土を入れて育ててみました。気温が低い時は家の中に入れるなどして、大事に育てたからでしょう、立派なイネの穂が出たんです。その時のうれしさは忘れられません。
中学三年の時、夜行列車を乗りついで小樽まで修学旅行に行きました。空知の滝川市のあたりだったと思います。汽車の窓から外を見ると一面、水田なのです。はじめて見る景色にびっくりしてしまいました。
高校生になって、道東は霧と、気温が低いせいで米ができないことを知りましたが、天気を調べるのはおもしろそうだと思ったのは、そんな思い出があったからでしょう。 |