数学者

秋山仁さん
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 (1)算数で遊んで心豊かに

 (2)自然の中 冒険の毎日

 (3)得意科目は図画工作

 (4)夢はたくさん持って
◆秋山仁さん略歴◆

 あきやま・じん 1946年東京生まれ。上智大学大学院数学科卒業。アメリカ・ミシガン大学研究員、東京理科大学教授などを経て東海大学教育開発研究所教授。数学教育に力を注ぎ、テレビやラジオで活躍。「算数がメチャとくいになれる本」「パズルで算数アタマをみがく本」「秋山仁の数学渡世」など著書も多数。


(1)算数で遊んで心豊かに
 遊び、楽しみながら算数・数学の考え方を学ぶ「オホーツク数学ワンダーランド」が七月、網走市の旧嘉多山小学校にオープンしました。ぼくは、そこの名誉会長です。

 ワンダーランドには、四つの直線や曲線のレーンにボールを転がしてどれが一番速く落ちるかを当てる「サイクロイド滑り台」とか、車輪がおむすび形をしているのにスムーズに動くワゴン車など約二百点の教材を置いています。

 数学の公式や法則につながるこうした作品に、子どもたちも大人もゲーム感覚で挑戦してくれます。

 四十二の問題を解いて全部正解すると認定証がもらえる数学マラソンも評判がいい。四十二題を一日で解くのは大変なので、二十一題のハーフマラソンと十題のクオーター(四分の一)マラソンもつくりました。

 クオーターは小学生、ハーフは中学生、フルマラソンは高校一年生レベルですが、お父さんやお母さんも必死で取り組んでいます。全問正解までには何度も通わなくてはなりませんが、たくさんの人に足を運んでほしい。

 算数・数学のテレビ、ラジオ番組のビデオやテープを集めた視聴覚教室も人気があります。いつでも自由に取り出し、見たり聴いたりできる。子どもたちだけでなく、大人にも勉強をやり直してほしいというのが願いです。

 数学ワンダーランドをなぜ網走につくったかというと、二年前に道新ホール(札幌)でPTA向けの講演会をした時、網走市の人たちが訪ねてきてこう言いました。「網走は自然や海の幸、山の幸に恵まれているけれど、文化に乏しい。算数や自然科学の文化を根づかせて、子どもの豊かな心を育てたい」

 数学のおもしろさを教えるため、テレビでいろんな道具や作品を使って授業するぼくを評価してくれたんですね。教材の常設展示はいいけれど、“嫌われ者”の数学や物理を通しての町おこしなんて世界でも聞いたことがない。でも、これはやりがいがあると思って、二つ返事で引き受けちゃいました。

 中学生のころから北海道にとてもあこがれていたことも理由です。いろんな動物がいて、四季は美しく、人々も温かい。大人になったら、北海道で「晴耕雨読」の生活をするのが夢だったんですよ。

 ワンダーランドは世界に先がけた数学の遊園地です。三鷹の森ジブリ美術館(東京)や東京ディズニーランドのように、世界中の人々が集まる知のテーマパークにしたいと張り切っているのです。


(2)自然の中 冒険の毎日
 ぼくが生まれたのは東京の武蔵野です。小学校中学年で杉並区に移りましたが、終戦直後で緑や自然がいっぱいあり、虫も鳥もたくさんいました。井の頭公園とか玉川上水など今の桜の名所を遊び場に、宿題などそっちのけで、暗くなるまで真っ黒になって野山をかけめぐる少年でした。

 動物が好きで、いつもいっしょに生活していましたよ。家では犬のほかにニワトリ、チャボやアヒルもいました。ヤギを飼っていて、ヤギを連れて小学校に通ったので「ヤギ少年」って呼ばれたことを思い出します。

 友だちとは近くの川でイカダを組んだり、森に行けば網や仕掛けを使って鳥を捕まえたりしました。

 セミやトンボ、カブトムシなど昆虫も好きで、そのころは星もきれいに見えたので宇宙にも関心を持ちました。優しくないから、花や植物には興味がなかったけどね。

 小学校の中学年のころは、みんなで自転車に乗ってマチを探検しました。「少年探偵団」や「赤胴鈴之助」といったマンガがはやった時代で、洞くつとか高射砲陣地、空爆を受けた廃屋などを探検したり、丸めた新聞紙で剣道のまね事に熱中しました。

 今は、身の回りにちょっとした冒険や探検ができるところがなくてさびしいですね。子どもは大空の下で、自然や動物、友だちと親しみ、いろんなことを感じて生きていってほしい。コンクリートの中で、テレビゲームやら人工的なもので興奮するなんて本物じゃないと思います。

 スポーツは大相撲が一番人気でした。横綱栃錦と若乃花の「栃若時代」で、ぼくは栃錦のファンでした。

 失敗を一つ話しましょう。ファンレターを送って手形入り色紙をもらった友だちがいて、ぼくもせっせと栃錦に手紙を書いて出しました。ところがいくら待ってもサインも手形も届かないし、手紙も戻ってくる。なぜだろう? 切手をはらなきゃいけないことを知らなかったのです。

 一人の友だちの家に車があり、ドライブするジャンケンに初めて勝って横浜に連れて行ってもらったことがあります。初めて海と船を見て息をのみ、「あんな大きな船がどうして浮かぶんだろう」とものすごく不思議で、感動したことを今も覚えています。

 ああいう感動を、子どもの時にたくさん味わってほしい。今は刺激がたくさんありすぎて、感動する心が薄くなっているのが気になります。


(3)得意科目は図画工作
 小学生のころ、図画工作が得意でした。絵をかいたり物を作ったりするのが好きで、上手だったんですよ。鉱石ラジオとか犬小屋とか、何かの仕掛けを作るのが楽しかった。

 建築現場に行って大工さんのそばにへばりつき、家ができていく様子をあきずにながめたりしました。

 音楽や合唱は好きだったのですが、音感がないんですね。楽譜はいまだに全然分からず、カラオケは逃げ回っています。母から「バイオリンをやりなさい」と言われたことがあるのですが、向かないと思って三日でやめました。

 本は好きで、小学六年のころは文庫で山本有三や芥川龍之介、夏目漱石といった本を読みました。高校時代は友だち同士でドストエフスキーの大作とか、プルーストの「失われた時を求めて」を読んだかどうか自慢し合うころでしたが、ヘルマン・ヘッセや太宰治、有島武郎などをずいぶん読みました。でも国語はできなかった。国語と社会は文法や年号など覚えることがいっぱいあって、嫌いな科目でしたね。

 できたわけじゃないし、授業はまじめに聞いていなかったけれど、算数や数学、理科は好きな科目でした。

 算数が好きになった理由はいくつかあります。なかなか解けない問題でも、見方を変えたり、工夫したりすると展望が開けてくる点がおもしろい。

 また、答えは一つでも、正解への道筋がたくさんある。例えば台形の面積も、公式を導く方法は何通りもあって、ルートが違ってもたどり着くところは同じ。それがおもしろい。問題が解けた時の喜びも格別です。

 知識を持っているかどうかで決まってしまう社会や国語に比べると、算数・数学は考え方さえしっかりしていれば答えにたどり着く。“財産”がなくても、大きなことができるようなものですよ。

 計算は速くなかったけれど、ものを考えるのが好きでした。もう一つ、「不思議だな」「なぜ」「条件を変えたらどうなる?」というふうに、問題を探す能力や不思議を感じる能力は、自然科学ではすごく重要なことなのです。

 そこが学校の数学教育には欠けています。難問を早く正確に解ける人間が優秀だというのは間違いです。

 中学の時、先生が「正多面体には五種類しかない」と言いました。ぼくは不思議だなと思って夏休みに考え、角度を計算してやっとできた。その五つをボール紙で作って提出しました。すると先生に初めてほめられたのです。すごくうれしくて、数学の道に進む一つのきっかけになりました。


(4)夢はたくさん持って
 若いころの失敗を話せばきりがありません。勉強でいえば、自慢じゃないけれど、中学、高校、大学と、受験はすべて不合格でした。

 高校入試は都立高校に落ちて、私立の定員割れだった学校に進みました。大学は受験したところが全部不合格で、東京理科大に補欠入学しました。

 大学院も九月に受けた試験はみなダメで、次の年の春に開校する大学院の三月の試験に願書を出したのですが、受験生は一人だけだったのです。そんなわけで、大学院は一番で受かりました(笑い)。

 でも、こうして数学者としてちゃんと生きている。みんなに言いたいのは「失敗しても、ばん回すればいい」ということです。

 「このままではいけない」と思う心は大切です。自分はダメだと思わずに、好奇心と「やればできるんだ」という強い気持ちを持って人生に挑戦していってほしい。

 きみは将来、何になりたいのかな。夢や希望、ロマンは大きければ大きいほどいいし、たくさんあったほうがいい。そして夢は決してあきらめるな。失敗とか挫折、屈辱や絶望をいっぱい乗り越えていってほしい。そうすればたくましくなり、人生が実り豊かになると信じています。

 ぼくは音楽が下手と話しましたが、今アコーディオンを勉強していて、ニセコの先生のもとに毎月通っています。

 自転車も泳ぎもピアノもみんな初めはできなかったよね。算数が嫌いだという人も、やればできるようになります。基礎トレーニングは嫌だろうけど、続けないとおもしろさは分かってきません。

 ぼくは、一年のうち半分ぐらいは全国各地で講演や出前授業をしています。

 数学の論文を書いて新しい分野を開拓する仕事が本業ですが、それ以外にノーベル賞の小柴昌俊先生のニュートリノのように高度で抽象的な理論を、小中学生にも分かるように解説する仕事にも関心があります。

 天気予報はなぜ当たるのか、カーナビやキャッシュカードの仕組みにはどう数学が利用されているのだろうか。

 現代文明や日常の生活を支えている数学の理論を、具体例で説明する。抽象的だといわれる数学を、目で見て分かるように表現したい。人に感動を与えない仕事に価値はありません。すごく難しいけれど、子どもたちが科学の道に興味を持つ手助けをするのもぼくの仕事だと思っています。

 聞き手・編集委員 高橋孝一


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