みなさんは博物館に入ったことがあるでしょう。化石や土器、昔の人が使った道具が並んでいて、学校の理科や社会科の勉強に役立ちますね。私は札幌市北区にある弥永北海道博物館の館長です。博物館はほとんどが国や北海道、市町村が建てて運営していますが、ここは私が五十年近く前から集めたものを展示した個人の博物館です。
展示しているのは化石、美術品など私が興味を持った分野のもの。中でも古い時代のお金や、昔の人が川の中からとった砂金の資料には、ほかにはないものもあり、見に来た子供たちも「へー、こんな変わったお金があったんだ」「砂金がこんなにきれいだなんて」と感心したり、おどろいたりします。
私が生まれたのは一九一九年(大正八年)で今、八十四歳です。みなさんのおばあさん、おじいさんが生まれるより前かもしれませんね。家は札幌市を流れる豊平川に近い製材所で、木の箱を作るのが仕事でした。リンゴ箱、タマネギ箱、新巻きサケを入れる箱など、今では段ボールになりましたが、私が小学生のころ(二○年代)は全部、木でできていました。
夏の終わりから秋にかけて工場がいそがしい時期は、工場の中に十人ほどの職人さんが並び、まえかけのポケットからくぎをひとつかみ取り出して口の中に入れるんです。そして一本ずつ取り出しては、金づちで板に打ちつけ、箱を作っていました。職人さんの口のまわりは鉄の色でまっ黒。一本のくぎを金づち二回で打ち終えるはやわざに見とれていたことを覚えています。
古いお金や化石を集めだしたのはおとなになってからですが、自分が知らないこと、できないことへの興味とあこがれはそのころからあったのでしょう。
工場には電気で動く丸いノコギリがあり、父が「危ないから」と言って手伝いはさせてもらえませんでした。ただ、できた箱を届ける時について行ったことはありました。
うどんを作る会社に行った時のことです。できたばかりの長いうどんがさおにかけて干してありました。かわくと両はし、さおにかかっていた丸い部分を切り落として捨てるのですが、私が行くと大きな紙ぶくろに入れてくれるのです。もちろん食べられるし、味も同じ。おなかいっぱいになった思い出があります。 |