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中空土偶 国宝に


 函館市尾札部町の著保内野(ちょぼないの)遺跡から出土した土偶が、五月下旬にも道内初の国宝に指定される。縄文時代後期(約三千五百年前)に作られたと推定されるこの土偶は、中が空洞の中空(ちゅうくう)土偶としては国内最大で、残存状態も良く学術的価値が高い。所有する函館市は今後、一般公開して住民に親しまれる国宝に育てていく方針。どういうものが国宝に指定されるのか、指定されると何が変わるのかを調べた。(小野孝子)


指定の基準は ほぼ完全形 価値高く

 国宝制度は、重要文化財(重文)のうち特に優れたものを安全に保存し、積極的に活用して国民の文化的向上につなげようとするもの。文化財保護法は「文部科学大臣は、重要文化財のうち世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝たるものを国宝に指定することができる」と定める。

 縄文時代の遺物が国宝に指定されるのは、著保内野の中空土偶を含めて三件、土偶に限るとわずか二件。縄文文化の研究が定まっていないことなどが要因とみられる。

 文化庁によると、縄文時代の土偶は全国で約一万千−一万四千個出土している。そのほとんどは体の一部で、全身が出土しているのはわずか四十−五十個。

 中空土偶は、高さ四一・五センチと国内最大で、頭の突起と両腕が欠損している以外はほぼ完全な形で発掘された。中を空洞にするため土を薄く焼き上げる技術、表面に施された縄文模様など精緻(せいち)なつくり。読み取れる情報量が多く学術的価値は高い。

 出土した縄文時代の土偶の中で、「その頂点に位置する貴重な考古資料の一つ」(文化庁美術学芸課)という。

背景 「集団墓に埋納」 裏付けにも評価
 
 今回の国宝指定は、昨年の函館市教委の調査で、中空土偶が縄文後期の集団墓の一角に埋納されていたことが分かったことも重要な背景となっている。指定にあたっては、学術的価値を裏付ける報告書も重要となってくるからだ。

 中空土偶は一九七五年、渡島管内南茅部町(当時)の著保内野の畑で農作業中の主婦が偶然、掘り当てた。同年、南茅部町教委が緊急発掘調査を行い、土偶が出たのが土坑(地面を掘った穴)墓である可能性が高まり、「著保内野遺跡」として登録した。

 函館市教委は同遺跡の性格を明らかにするため、昨年七月から九月にかけて周辺を発掘調査。この結果、土偶が出土した土坑墓の近くに、ヒスイ製勾玉(まがたま)などを含む別の土坑墓や土坑が数カ所発見され、一帯が集団墓であることが裏付けられた。北大大学院文学研究科の小杉康・准教授(考古学)は、「縄文時代の墓地遺跡から出土したことがはっきりして、精神文化を解明する学術資料としての中空土偶の評価が定まった」と話している。

扱いは 国から補助金なし 保存は所有者任せ

 国の指定が重文から国宝に「昇格」しても、保存方法や扱いが自動的に手厚くなるわけではない。国の補助金などはなく、どう活用するかは所有者に任される。

 九五年に縄文土偶として第一号の国宝となった長野県茅野市の棚畑遺跡出土の土偶(愛称・縄文のビーナス)。茅野市は、展示するため二○○○年、約十四億四千万円をかけて既存の建物を全面改築して「尖石縄文考古館」を設けた。

 蓼科や八ケ岳など、北海道と同じく雄大な自然に恵まれた茅野市は、県外からの観光客も多い。尖石縄文考古館の来館者は○六年度、約三万四千人を数えた。ただ、「国宝に見合ったPRをするため、広報パンフレットや講演会などを通じて情報発信に努めているが、人口五万人のまちにとっては簡単ではない」(同考古館)という。

 一方、函館市は、○九年にも、南茅部地区の縄文遺跡群を代表する「垣ノ島遺跡」の一角に、中空土偶を核とする遺物を展示し、市民が体験学習できる「縄文文化交流センター」を開設する方針。函館市教委の田原良信文化財課長は「国宝指定という名前の重みと注目度は大きく、地域活性化につながる。それに伴う国の支援があるともっとありがたいのだが」と話している。

メ モ

 文化財には主に建造物や絵画、彫刻、工芸品、考古資料などの有形文化財と、無形文化財、民俗文化財、記念物などがある。文部科学相は、有形文化財のうち重要なものを重要文化財(重文)、重文の中で特に価値の高いものを国宝に指定する。現在、重文は1万1488件、国宝は1073件。有形文化財が、重文を飛び越して国宝になることはない。国宝は有形文化財に限られ、芸能、工芸技術など重要無形文化財の保持者に用いられる「人間国宝」は通称。貝塚や古墳、城跡、庭園、動植物などで国宝級のものは、「特別史跡」「特別名勝」「特別天然記念物」とされる。