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札幌市電の延伸


 今年で開業八十周年を迎えた札幌市の路面電車(市電)の延伸問題が、市民の間で論議を呼んでいる。昨秋、市の審議会「路面電車検討会議」がJR札幌駅前−大通−ススキノの札幌中心部三地区を結ぶ延伸を提言したことに経済界が反発、先の札幌市長選でも争点になったからだ。延伸に前向きな上田文雄市長が再選されたことで、延伸に向けた構想が動きだす。延伸問題のポイントを整理した。(志子田徹)


経緯 検討会議が活用提言

 市電延伸の是非をめぐっては長い議論がある。市電は、地下鉄の建設や車社会の発達で路線縮小が続き、一九七四年以降、残ったのは中央区の「西4丁目」(南一西四)停留所と「すすきの」停留所の折り返し区間だけ。一日当たりの利用者数も減り続け、かつて十万人近くいた乗客は七六年以降は三万人台、八三年からは二万人台に落ち込むなど低落が続いた。

 一方、欧米では排ガスを出さないクリーンさや、街なかの混雑緩和、高齢者対策などから路面電車が見直され、札幌市も九○年代後半になって路線のループ(環状)化や延長を検討するなど、活用策を議論した。しかし、結論が出ないうちに二○○二年度から収支が赤字に転落、「存続か廃止か」が焦点になった。

 ○三年に就任した上田市長は市民議論を重ねた上で、○五年二月、「札幌のまちづくりに不可欠」として存続を決断。同年夏に検討会議を設置、同会議は昨年九月、延伸を軸にした活用策を提言した。

反発 経済界は「無駄」 ルート決まらず
 
 検討会議は、中心市街地の活性化や魅力アップなど、まちづくりの視点から市電を重視。「JR札幌駅周辺、大通、ススキノの三地区を結ぶために延伸する必要がある」と提言した。ただ、北海道新幹線が延伸されたときの札幌駅駅舎の位置や都心部の再開発などを踏まえ、具体的なルートには言及しなかった。

 ルートを決められない背景には、市電延伸への経済界の反発がある。大通周辺の商業者の中には札幌駅周辺に買い物客が流れかねない、といった懸念がある。このため札幌商工会議所(札商)は、市が延伸にかかる総事業費や費用対効果を試算していないと指摘したうえで、「大通−札幌駅間には既に地下鉄があり、一○年度には地下通路もできる。延伸は“三重投資”で、無駄遣い」と批判している。市は昨年夏から札商と話し合いを始めたが、平行線をたどっている。

 八日に投開票された市長選では、経済界や自民党は前国土交通省技監の清治真人氏を推し、清治氏は「延伸反対、民営化検討」を掲げて上田市長と真っ向から対立した。

課題 営業赤字2.5億円 どうする民営化

 上田市長は選挙で掲げたマニフェスト(公約集)で、市電について「○九年度までに事業化の判断に必要となる基本計画をつくる」とし、提言を踏まえて三年以内に延伸を決断、ルートを提示する考えを示した。十一日の初登庁後の記者会見でも、延伸を視野に議論を詰めていく考えをあらためて強調した。

 今後は、経済界や市民の理解をいかに得るかが鍵になる。その際、市電の経営問題、とりわけ民営化についての議論は避けられない。市電に累積赤字はないが、営業赤字は○五年度決算で二・五億円に上り、とくに営業支出の六割を占める人件費の高さが問題になっている。市は、民間委託と経営合理化で市営に比べ支出を20−30%軽減できると試算。ただ、老朽化した車両の改修や設備投資などに一定の税金投入は必要だとしている。

 市電の乗客数は○五年度、十年ぶりに増加に転じ、一日当たり二万千四百人が利用した。減り続けていた沿線人口がここ数年のマンション建設ラッシュで増えてきたほか、藻岩山観光と一体化したPR、土日限定の一日乗り放題の切符発売などの営業努力が功を奏した。沿線住民も市電をまちづくりに活用する取り組みを始めており、延伸に向けた機運は高まりつつある。

メ モ

 札幌の市電の前身は1909年(明治42年)に運転を開始した石材搬出用の馬車鉄道。18年(大正7年)に札幌電気軌道株式会社が路面電車の運行を始めた。市電になったのは27年(昭和2年)、札幌電気軌道の路線を札幌市が受け継いで発足した。60年代の最盛期は、札幌駅前通の路線など約25キロを営業し、ピーク時の64年は1日に27万8千人を運んでいた。だが、71年の市営地下鉄の開業前後から順次廃止され、74年からは、現在の「西4丁目」から市街地をコの字形に迂回(うかい)して「すすきの」まで結ぶ8・5キロを往復するだけになった。