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2003/11/14(金) <下> ベテランの力で不況打破 |
| つまみ作りに心込め 74歳木戸さん 笑顔で菓子量り売り 74歳久家さん 復活を期す時計職人 80歳芝田さん |
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「すすきの市場の中で最古参の一人ではないか」と教えられて「まごころ木戸食品」の元気な“お母さん”に会った。 木戸ミツヨさん(74)。主にスナックやクラブでチャームとして使う総菜を扱う同店のつまみ作りが担当。切れ目を入れたかまぼこで、しば漬けとキュウリをくるりと巻いてようじを差す。「いいっしょ。お客さんが食べる姿を思い、まごころを込めて作るよ」 「でも」と、木戸さんはため息をつく。「昔のにぎわいを見たから、今は街も市場も見たくない。景気が悪くて若い人がかわいそう」 一九五三年、結婚とともに嫁ぎ先の商売を手伝うため、市場で働き始めた。場所柄、下着姿で買い物に来る女性がいることに驚いた。 その後、周辺にビルが次々と建ち、飲食店も増えていった。ピークは七二年の札幌五輪の前後か。狭い市場内に客がどっと押し寄せ、通路にせり出した花屋の花が傷まないかと心配したほどだった。 だが、九○年代に入ると取引先が相次ぎ閉店するようになり、市場内の人通りもめっきり減った。「今じゃ風も避けるよ」と笑い飛ばしながらも木戸さんは、今こそ「まごころ」で商売をしたいと自分に言い聞かせる。 店頭に木戸さんの手編みの帽子を見つけた。ピンク、紫と少し派手な色使い。「ススキノ仕様だよ。おかしいかい。笑っちゃうよね」。不況の風も笑い声で飛んでけ。 藤川菓子店は、市場のシンボルの一つ。かりんとう、動物型のビスケット、ぱりっとしたのりが巻かれたおかきなど約七十種を量り売りする。 店主の久家(くが)亮寿さん(74)が「時が止まった感じがいいでしょ」と、ベレー帽に白衣姿で目を細める。同店は公設市場の時代から続く。昨年二月に二代目の藤川朗さん(85)が引退したのに伴い、珍味卸の取引先として出入りしていた久家さんが同店を継ぐことになった。 菓子は東京や名古屋など全国の菓子業者から一斗缶で取り寄せる。スナックやクラブが使うことも多いので、割れたかりんとうやおかきが混じらないように気を配る。 二十代の女性が店に来た。「お客さんにこの店を教えられたの。店の待ち時間に女の子で食べるお菓子を買いたい」 久家さんは目を細め、小皿に少しずつ菓子をすくっては「どれが好みか食べてごらん」と試食を勧めた。菓子を量る時には「少し多めにしておくよ」とにっこり。 いつも多めに量り、消費税は客から取らない。菓子でいっぱいのビニール袋を手に帰る女性の背中を見つめ久家さんがつぶやいた。「嫌なこと、つらいことがたくさんある時代。せめて店に来た時は忘れてほしいね」
札幌で指折りの時計修理の技を持つといい、市場の一角で黙々と作業する「職人の背中」について市場の従業員や客から何度も聞かされた。 薄暗い店内の壁には六六年に認定された一級時計修理技能士の認定証。全国で十二号と記されている。いくつもの時計が主の復帰を待ち、静かに時を刻む。 茂田さんの自宅に電話した。「頼まれた修理もたまっている。いつまでも待ってもらうわけにはいかない。十一月中に店を開けるつもりです」 もうすぐ、あの背中が市場に戻ってくる。 |
| ■振興会の桜井会長に聞く | ||
私たちは、住宅街の商店とも、大型店とも異なる商売をしなければと考えています。取引先の多くはススキノで商売するプロです。お客さんは品質にも、値段にも厳しくなっています。例えば「この値段でこの程度かい」といった具合に、要求されるものが高いのです。 ですからプロを満足させる品質のいいものを仕入れ、「この店なら大丈夫」と信頼されることが重要です。安いだけではだめです。信頼、信用を大切に商売を続けていきたいと思っています。 |
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