2005/03/22(火)朝刊
3 月
 家族で味わう早春の恵み
 アイヌ民族の早春の暮らしを訪ね、胆振管内鵡川町のアイヌ文化伝承者、吉村冬子さん(78)宅に足を運んだ。

 吉村さんは、近くに住む小学校時代の同級生宅に立ち寄った。雪の残る畑の一角に、ビニールシートで覆われた木枠が組まれていた。中に水分が抜け、しわしわになったジャガイモがいっぱい。この凍ってつぶれたように見えるイモを、アイヌ語で「ペネエモ」と呼ぶ。

  昨年十二月、この同級生は自分の畑で実ったイモから傷んだものを集め、ここに置いて冬を越させた。凍ったイモが解けたら皮をむいて、水につける。あくが出たら水を何度も換える。水を切り、乾かして粉になったら出来上がり。木枠に入れた約百キロのイモで、約十キロの粉がとれる。「今年は寒くて、凍ったまま。まだ早いよ」と吉村さん。

 そこで、昨年作った粉を分けてもらった。吉村さんは子どものころ、祖母がこの粉でこしらえた団子をよく食べた。「かまどを持ってから、私も団子を作った。子どもや孫のおやつにしたよ」と振り返る。一人暮らしの今、団子を作る機会は減ったが、イモが多く手に入るとペネエモにして、遊びに来た孫らに団子を食べさせる。厳しい寒さがなければ、味わえない。

 吉村さんがだんごを作り始める。粉を湯に溶かし、水切りして上新粉、砂糖、塩を加え、すりこぎ棒で練る。ハンバーグ大の薄平ら状にしてフライパンで焼き上げた。粉をくれた同級生は、イモの粉だけで団子にするという。

 「温かいうちに食べるとおいしいよ」と吉村さん。砂糖の甘味とイモのうま味が口に広がった。

 子どものころ、吉村さんは伝統様式のヨシで覆われた家屋に暮らし、父母はアイヌ語で会話していた。

 「親はおまえに(アイヌ語は)必要ないと言い、私と話すときは日本語しか使わなかった」と吉村さん。それでも親同士や、近所の人と親が話すアイヌ語を聞き、民族の言葉を会得した。口承文芸の伝承者で姉の新井田セイノさんの活動を手伝い、神謡(カムイユカラ)も覚えた。

 吉村さんは今、地元のアイヌ語教室で講師を務める。「若い人たちは一生懸命(伝承活動を)やっている」という。

 「またおいで。今度はカムイユカラを聞かせてあげるよ」と言って見送ってくれた。

文    中村 康利
絵と題字 西山史真子
◇エモ◇
 アイヌ語でジャガイモのこと。知里真志保著「分類アイヌ語辞典 植物編・動物編」によると、コソイミともいう。いずれも日本語の転化で、北海道のアイヌ民族は日本人(和人)からジャガイモを入手したとしている。これに対し樺太アイヌは、ジャガイモをヌチャトマ(ロシア人のイモ)と呼んでいたことから、樺太アイヌは北方からジャガイモを手に入れたとされる。


にしやま・しまこ 画家。1964年、夕張市生まれ。札幌大谷短大美術科で油彩を学んだ後、アイヌ文化関係の書籍のほか、児童文学の挿絵や絵本を手がけている。主な作品は、千歳アイヌ文化伝承保存会会長の中本ムツ子さんらと著した「アイヌの知恵・ウパ◆クマ」(片山言語文化研究所)、作家の松居友さんらとの絵本「ふたりだけのキャンプ」(童心社)など。千歳市在住。

(注)◆は「シ」の小文字

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