|
|||||||||
| 2004/12/02(木)
5万2000人の興奮は最高潮に達した。視線はマウンド上の駒大苫小牧、鈴木康仁とバットを構える済美(愛媛)の鵜久森(うぐもり)淳志の2人に注がれていた。 阪神甲子園球場。九回表、済美の最後の攻撃は二死一、三塁のチャンス。10対13。3点差で駒大苫小牧を追っていた。 鵜久森は準決勝までの4試合で3本塁打を放ち、のちに日本ハムのドラフト指名を受けることになる強打者。本塁打なら同点だ。「まったく。できすぎだよ」。鈴木はそう思いながらも、なぜか心は穏やかだった。 ベンチの香田誉士史監督も不思議な感覚にとらわれていた。「この観客にこの展開。ホームランなら盛り上がるんだろうな」。すでに伝令には言ってある。「同点でもいい。勝負だ」 時計の針は午後4時を指そうとしていた。30度近い暑さのなかで鈴木は球場を軽く見渡し、つぶやいた。「気合だっ」。見上げた空は雲で白く覆われていた気がする。 初球のサインは直球。「変化球で打たれたら悔いが残る」と捕手糸屋義典は思った。鈴木に異論はない。守備陣が鵜久森シフトを敷き、三遊間を絞り込む。 右打席の鵜久森にはバッテリーの考えが分かっていた。「絶対に直球。初球から振ろうと決めていました」。そう思ったすべての始まりは、一回の初打席で喫した空振り三振だった−。
一回表 鵜久森を打ち取れ
午後1時1分、春夏連覇を狙う済美の先攻で試合が始まった。駒苫が勝てば、春夏を通じて初めて東北以北に優勝旗が渡る。だがそれを信じた人は三塁側の駒苫応援団を除けば、少なかったかもしれない。 一回表。駒苫の先発左腕の岩田聖司は先頭打者に安打を許す。犠打と四球などで一死一、三塁。鵜久森に打順が回った。 糸屋はまず、2球続けて内角に構えた。サインは直球。実際はやや外へ流れ、鵜久森はともに右方向へファウル。追い込んでから3、4球目は一転糸屋は外寄りに構え、直球とスライダーを投げさせる。いずれもボール。カウントは2−2。 糸屋は「投球直前、捕手の位置をちらりと見てコースを読む」鵜久森の癖を見抜いていた。県大会から徹底して内角を攻められているのも知っていた。だから内角を強く意識させ、外で揺さぶった。「決め球は内角」とにおわせる配球だ。 鵜久森は迷っている。 「どこで勝負してくるのか。変化球なのか、それとも直球か。探るうちに追い込まれていって」。当時の記憶は、3カ月たったいまも鮮明だ。 5球目。糸屋が内から外へすっと構えを変えたあとの岩田の勝負球は、ベース上をかすめ外へ逃げる122キロのスクリューボール。鵜久森のバットが空を切った。「全然、予想していなかった。タイミングがずれてボールも遠くに見えました」 ただこの打席で鵜久森に、ある“確信”が宿る。「もう変化球はない、あとは直球を狙うぞ、と。逆にヤマを張れた」 初対戦で最強打者を打ち取った岩田は、続く西田佳弘に同じスクリューボールを右翼深くへ運ばれ2点を失った。 「失投」と糸屋はみた。違った。巧みにコーナーを投げ分け、ここまで4試合20回で奪三振23個の左腕のコントロールに狂いが生じていた 左手中指の第1関節から上の皮が丸くはがれていた。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ←連載の表紙へ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
ホームページ内に掲載の記事、写真などの一切の無断転載を禁じます。 ニュースの一部は共同通信などの配信を受けています。 すべての著作権は北海道新聞社ならびにニュース配信元である通信社、情報提供者に帰属します。 | 著作物利用申し込み | リンク | 個人情報 | お問い合わせ | サイトマップ Copyright(c) The Hokkaido Shimbun Press. |