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2004/12/11(土)
九回表 最後の1球
済美の円陣の中で上甲監督が選手を見回している。「鵜久森へ回せ。それでだめなら仕方ない」 最終回。先頭の9番福井から4番鵜久森まで5人。監督の願いは、選手の思いでもあった。
駒大苫小牧の捕手糸屋は、同級生の鈴木と試合を終えたいと思っていた。球は走っていない。交代してからずっと。監督に聞かれるたび、「全然いけます」とうそをついてきた。そして、鈴木を励ました。 「監督にはそう言ったからな。最後まで頑張れよ」 済美はまっすぐに絞っていた。福井は1−3から右中間へ二塁打。続く甘井は初球を左前へ。無死一、三塁。六回に本塁打を放った小松が打席に入って、追い上げムードは一気に高まった。 済美の狙いはバッテリーも分かってはいる。ただ、変化球をコースへ投げ分けてカウントを取る体力と自信は、鈴木にはもう残っていなかった。 小松への初球もまっすぐ。しかし、本塁打の自信が、きわどい外角の135キロに手を出させた。引っ掛けて、遊ゴロ併殺。小松は天を仰いだ。 このとき、三塁にいた福井はスタートしていない。「無理するな」。上甲監督は三塁コーチと福井にそう伝えていた。済美はここまで2度、駒苫の好返球で本塁への走者が憤死していた。 二死三塁。3点差は変わらない。あと1人出ると鵜久森。ここで、香田監督が動く。二回表から我慢していた最後の伝令をマウンドへ送った。 「3点やって同点でもいい。勝負だ」 選手は「勝った」と思っている。その錯覚が怖かった。同点になるかもしれないことを意識させて気を引き締め、同点を許すことで気持ちを楽にさせる。監督の一言が最後に生きた。済美は坂本智哉が四球で二死一、三塁。鵜久森が打席へ向かった。 鵜久森まで回せ−。鵜久森は上甲監督の言葉を思い出していた。 「あんなふうに言われたのは初めてなんです。いつも『気持ちが弱い』としかられて。うれしかった。みんなが回してくれたあの打席は、不思議と緊張しませんでした」 ここまで2安打。どちらも直球を打った。この場面も、「直球しかない」と確信している。 鈴木と糸屋は「変化球で打たれるのは悔しい。直球勝負だ」と思った。 糸屋が真正面に構えた。セットポジションから鈴木の腕がしなる。137キロ。少し高めに浮いた球を鵜久森のバットがとらえた−。 レフト原田は内野に高く上がった鵜久森の打球を視界の隅に置きながら、三塁側アルプス席をじっと眺めていた。「本当に一人ひとりが応援してくれていたんだあ」。一塁では桑島が、ベンチでは岩田が泣いている。 二塁ベースの後ろでは佐々木孝が体をゆらゆらと揺らして捕球位置に入ろうとしていた。鵜久森の打った球がうまく見えない。「前の打者のときに勝手に涙が出ちゃって」。グラブに感じた軽い衝撃で勝利を知った。 あれはホームランだった、と上甲監督はいまも思っている。 「もう少し早くバットが打点に届いていれば。丸い球を丸いバットで打つのだから数ミリで結果は異なる。球運われに味方せず、です」 香田監督も紙一重の勝利を口にした。「ボール1個分低かったら、スタンドに持っていかれたかもしれませんね」 鵜久森はどうか。 「タイミングは合っていたし、しんにも当たっていました。もう少し早くボールをたたいていたら? 分かりません」 鈴木は、そんなことはないと言う。 「だって、バットがボールの下をたたくのが見えましたもん」 午後3時55分、ゲームセット。岩田の第1球から2時間54分。13対10。両チーム合わせて39安打、23得点はいずれも決勝戦史上の最多記録だ。 |
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