前へ!

第3部 外からの視線
<1> 避花粉ツアー
<2> ジンギスカンブーム
<3> 北海道物産展
<4> コールセンター
<5> 台湾人観光客

「前へ!」
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2006/03/24(金) 朝刊
<1> 避花粉ツアー
都会逃れ天国へ

 「思いっきり息が吸えるのって気持ちいい」。二十三日に札幌入りした東京都八王子市の臨時職員、林宗男(66)の表情は、逃げ場のない苦しみから解放された喜びにみちあふれていた。

 道外では春が近づくと、心浮き立つどころか、憂うつになる人の数が増えているという。十年ほど前から、スギとヒノキの花粉症に悩まされてきた林もその一人だ。止まらない鼻水とせき、絶え間なくかゆい目…。花粉症の苦しさは、そうでない人間にはなかなか理解しにくい。三月から四月にかけ眠れない夜も珍しくなく、外出時のマスクは必需品。昨年は「水中眼鏡のようなゴーグルまでつける完全武装」を強いられた。

 そんな林が来道したのは、十勝管内上士幌町が企画する「避花粉ツアー」に参加するためだ。「こんなツアーがあったとは。花粉から逃げられるなら幸せです」

 戦後、治山を目的に全国で植林されたスギ。それが「スギ花粉症」という現代の“国民病”を生んだ。花粉を長年浴びることで体内に抗体ができ、それが許容量を超えると発症するアレルギーの一種。ストレスや偏食などで免疫バランスが乱れると発症しやすく、「山村より都市部で患者が多い」(環境省)という“都会病”でもある。

 国内の罹患(りかん)者は二千万人超。温暖化の影響で二○五○年のスギ花粉飛散量は現在の一・六倍に増えるとされるが、今のところ完治の特効薬はない。「仕事に集中できないなど、生産性低下に伴う年間損失額は六百五十億円に上るとの試算もある」と指摘する花粉情報協会理事長の佐橋紀男(65)のように「避花粉休暇の制度化」を求める声もある。


 そうした中、道南の一部を除いてスギの植林を免れた北海道の存在が、花粉症患者から熱い視線を集め始めている。

 九軒の温泉宿以外にこれといった観光資源を持たない上士幌町。そんな小さなまちが昨春、四泊五日の「避花粉ツアー」を試験的に企画したところ、十人の募集に二百七十六人もの応募が殺到した。町のホームページへのアクセスは二カ月間で二万五千件に。参加者からは「本当に素晴らしい毎日でした」と感謝のメールが相次いだ。

 「あまりの反響にびっくりした」と振り返るのは町長の竹中貢(57)。スギがないというだけで人が集まり、まちの名が全国に知られるようになったのだから、驚いたのも無理はない。

 同様のツアーは沖縄でも盛んだが、上士幌が「先進地」と認められているのは、北大遺伝子病制御研究所教授の西村孝司(52)の協力が大きい。

 「北海道の自然と、患者の体質改善につながるプログラムを組み合わせれば魅力ある観光商品になる」。このアイデアに賛同した加森観光社長の加森公人が、町の再生事業でかかわりのあった上士幌町に西村を紹介したのがきっかけだった。

 自然散策によるリフレッシュ効果に加え、北大の協力を得て、血液検査や医師の問診、講義などを盛り込み、「医療と観光がうまく連携した事例」(日本観光協会常務理事の永里恒昭)として業界の関心も高い。

 ただし、今年の参加者は八人と定員の十人を下回った。試行だった昨年は十万円を下回る料金だったが、今回は検査費込み約十五万円と「やや高額になったのが響いた」(商品化を請け負ったJTB)。花粉の飛散が例年より少ないことも影響しているようだ。一方で、JALトラベルが企画した医療プログラムのない割安のツアーでは、二月以降二十五人が同町などを訪れており、料金次第で需要は確実に存在する。

 自分たちには普通の環境が、外から見れば貴重な「財産」になる。町長の竹中はいま自信を持って言う。「東京はスピードや競争の世界。僕らの役割は、それと対極の世界をいかにつくっていくかだ」(文中敬称略)



キーワードは健康

医療+観光=新産業

断食療法、がん検診など健康をテーマにした旅行代理店のツアー。全国各地が知恵を絞っている
 「競争社会」「格差社会」のひずみが指摘され始めた日本において、現代人が求めるのが「健康」や「癒やし」だ。国内の健康関連市場は二○一○年に二十兆円に達するとの試算もある。自然に恵まれた北海道にとっては好機到来である。特に、温泉や海などの自然資源を治療や健康予防に生かす「ヘルスツーリズム」は、北海道の特質を生かした一大ビジネスになり得る。

 JTBヘルスツーリズム研究所の古川彰洋所長は「体を刺激して体調を整える『転地効果』は、気温や環境が違うほどプラスに働く。首都圏と気候風土が全く異なる北海道の可能性は大きい」と指摘。また全国三千の温泉地の一割が道内に集まっており、「九種の泉質すべてがそろうのが北海道の魅力。国際的なヘルスリゾートになりうる潜在力がある」(阿岸祐幸・北大名誉教授)。

 医療と観光の連携は、患者が少なく経営環境が厳しい地方医療機関の活路にもなる。その好例が、最新のがん診断法として知られるPET(陽電子放射断層撮影)検診と観光を組み合わせたツアー。札幌、室蘭など各都市で行われているが、帯広市の北斗病院では、ツアーを活用した道外客が月二十人、検診利用者の一割を占め、機材の稼働率向上に寄与している。

 「首都圏では希望者をさばき切れず順番待ちになっており、地方に行ってでも受けたいという人は多い。しかも首都圏の病院は検査費が割高で、旅費を出しても受診者の負担が少なくなる場合もある」(ツアーを主催するJALトラベル)

 道内の医療関係者でつくる特定非営利活動法人(NPO法人)、健康保養ネットワーク(札幌)は、温泉や森林などの自然環境が持つ医学的な効用を調査し、それを活用した健康プログラムづくりや技術指導を手掛けている。こうした組織と観光業界、自治体が連携し、道内に点在する「健康資源」をネットワーク化することができれば、北海道ならではの新しい観光産業の可能性が広がっていくのではないか。