上層部関与は 私的流用は

 「君らとの信頼関係が崩れたよ」。二○○三年十一月から一年八カ月も続く道警裏金報道を振り返ると、いつも、この言葉を思い出す。

 北海道新聞の取材班が裏金問題の追及を本格的に始めたころ、組織的裏金づくりを完全否定する一方で、道警の一部幹部が盛んに口にしたせりふである。その言葉は、警察と報道機関が築いてきた「信頼」が実は、「いびつな関係」でしかないことを示していた。そして、そのいびつさは、警察との間だけでなく、報道機関が至るところでつくり上げているのではないかと感じている。

 警察の裏金は、実は、北海道で初めて明るみに出たわけではない。

 一九九○年代には、警視庁や熊本県警、長崎県警などで、その存在が断片的に報道された。八四年には、警視監だった松橋忠光氏(故人)が自著で、古くから警察組織に裏金が存在していた実態を明らかにしている。

 ただ、多くの新聞やテレビはごく最近まで、この問題に真正面から取り組まず、「タブー」にしてきた。

 警察は、事件事故取材の大きな情報源である。一部警察官の不祥事ならともかく、警察組織全体を「敵」に回すような取材には、なかなか踏み込めない。裏金の存在を知ったとしても、本格追及に着手すれば、「事件事故取材の情報源」を失い、他紙との「スクープ合戦」で後れを取る可能性があるからだ。

 マスコミ界においては、そのスクープ合戦で「勝つ」ことが大切だとされてきたのであり、その意味から言えば、裏金問題をタブー視したのは、当然の流れだったかもしれない。

 もちろん、それは「業界内の理屈」でしかない。同時に、警察側からすれば、自らに都合の悪いことは見逃してもらえるという意味において、報道機関は「信頼」に値したのだと思う。

 しかし、当たり前の話だが、報道機関が第一に築くべき信頼関係は、読者や市民との間に存在する。

 近年、報道機関に対する市民の目線は、ことのほか厳しい。「記者クラブに安住して当局の発表ばかりを報じている」「深く掘り下げた報道がない」といった声は、それこそ枚挙にいとまがない。逮捕をきっかけに被害者や加害者のプライバシーを不必要に暴き、センセーショナルな報道を集中豪雨的に行う姿勢に対しても、実に厳しい批判が寄せられている。

 そんな最中に、政治家や高級官僚、捜査当局、大企業といった「権力」との関係を最優先し、最初にその顔色をうかがうような報道を続けていれば、既存メディアの存在意義は、いよいよ薄らいでいく。「発表」や「当局」に過度に寄りかかった報道は、「新聞の読者離れ」をいっそう進め、その結果としての「読者の新聞離れ」をさらに招くだろう。

 新聞社とテレビ局、通信社の計十九社が加盟する「道警記者クラブ」は、道警本部庁舎二階にある。

 記者クラブは、警察や行政、経済団体といった組織ごとに全国で数多く存在し、かなりの数の記者がクラブに所属している。そして、道警がそうであるように、ほとんどの記者クラブの部屋は、当局が報道してほしい情報の発信窓口である「広報課」「広報室」の近くにある。

 なぜ、そこに記者がいるのか。そこで何をしようとしているのか。

 どんなテーマであれ、その問いを繰り返し、読者や市民との信頼関係を築いていかなくてはならない。

戻る