警察「裏金」 取材班の中間報告



道警裏金問題

<3> 銃器捜査の陰 予算増狙い「やらせ」?
2004/05/01(土) 朝刊
 「長崎県警でも短銃押収偽装?」

 一九九六年三月二十五日。今から八年前の本紙夕刊に、こんな見出しの小さな記事が掲載されている。暴力団対策課の警部補ら捜査員四人が、飲食店経営者に短銃を購入させ、供述に基づいて押収したと装っていたという内容だ。途切れ途切れの小さな続報をたどっていくと、この警部補は「カラ出張」の存在を明らかにしたとある。

現場に回らず

福岡県警銃器対策課の捜査費に関する会計資料。同課で会計担当をしていた元警部が保管していたもので、裏金管理のための「裏帳簿」も含まれている
 道警の稲葉圭昭元警部(服役中)による一連の稲葉事件も、短銃の「やらせ摘発」が事件の核心だった。そして、道警の裏金疑惑が高まるにつれ、「稲葉事件の背後には裏金問題があった」との見方が強まっている。

 拳銃の「やらせ摘発」と「裏金づくり」。この二つを結ぶものは、いったい何だろうか。

 「とにかく現場に金がなかった。捜査協力者に支払う謝礼は、ほとんど自腹でしたよ」

 九州北部のある都市。「短銃押収偽装?」と報じられた長崎県警の元警部補・大宅武彦さん(62)は、自宅でこう語り始めた。柔和な表情に、優しい口調。ちょっと見には、暴力団対策課の敏腕刑事だったとは思えない。

 大宅さんによると、当時は毎月七千−八千円が捜査費として渡されていた。拳銃を摘発すれば、署長賞五百円、県警本部長賞千円が出たこともある。だが、その程度の資金で拳銃密売ルートに食い込めるはずがない。

 大宅さんは、情報提供謝礼として一件一万円をいつも自己負担し、事件関係者の借金五十万円を肩代わりしたこともあるという。一方、職場では捜査費や旅費などを使った裏金づくりが、延々と続いていた。

 「銃器捜査のエース」といわれた大宅さんは九五年十月、応援先の警察署で「ノルマ達成に協力してくれ」と頼まれ、暴力団員に拳銃を出させた。上司の了解を得た「やらせ捜査」である。さらに関連捜査で大阪などに五回出張したとの書類が偽造され、一回数十万円の裏金もつくられた。

 「最も金がかかる銃器捜査で必要な金を現場に回さず、幹部が懐に入れる。それが実態です。裏金問題の典型です」

課長に20万円

 福岡県警が裏金を認める端緒となった「元警部」の証言も、銃器捜査と密接な関係にある。

 三月十五日。取材班は福岡市内で元警部に会った。九五−九九年、同県警銃器対策課に在籍し、会計を担当。年一回の九州地区の会議で、警察庁担当者から「何かあったらトカゲのしっぽ切りだから、ミスのないように頑張りなさい」などと指示を受けながら、裏金づくりを続けたという。

 同課は当時、旅費や捜査費などを原資に年間約千五百万円を裏金に。現場にほとんど資金が渡らない中、毎月、県警本部会計課には三万五千円、課長に十五万−二十万円、次席に五万円、生活安全部長に九万五千円が渡っていた。

 「課長が転勤するとき、残金は全部、せんべつとして持っていかれた」と元警部。そして、こう付け加えた。

 「チャカ(拳銃)を挙げると(幹部は)次の予算を要求しやすくなる…。そういうことだ」

 発砲事件が続発した九○年代、銃器捜査は警察の最重点課題だった。九四年には警察庁が銃器対策課を設置。各警察本部にも銃器捜査の専門部署ができ、膨大な予算が流れ込む一方、銃器の偽装摘発疑惑は警視庁や愛媛県警、島根県警など各地で頻発した。稲葉事件もそれらの延長線上にある。

 警察幹部はその裏で、たとえ「やらせ」であっても摘発実績が上がれば予算が増え、裏金が増える−と思い描くことはなかったのだろうか。単なる「不適正な経理」で済ませられない問題が、そこには横たわっている。