戦後60年 戦禍の記憶
 
トップへ戻る
2005/01/18(火)
《第1部》 極限(7)
前田武《まえだ・たけし》さん(76)=北広島市

16歳の初恋 彼女は機銃に吹き飛ばされた

初恋とその思い出を汚した空襲の恐ろしさについて話す前田さん
離した手 深く悔いる

  十六歳の時、初恋の相手のK子さんが、空襲で頭を吹き飛ばされて亡くなった。避難場所の松林に向かう途中だった。「早く早く」とせかして引っ張ったK子さんの手を、いつの間にか離したことを、深く悔いた。

 十勝管内音更町の小学校を卒業後、群馬県の航空技術学校に入った。飛行機の設計技師が夢だったが、戦時下で習ったのは、線の引き方程度。それより労働力とみなされ、勤労奉仕に来ていた地元の女学生と組んで、溶接作業を受け持った。

 ペアを組んだ同い年のK子さんは、小柄でほおの赤い、元気な少女だった。夏には二人で桑畑に行き、黒く熟れた桑の実を口を真っ赤に染めて食べた。

 K子さんの家は工場から歩いて四十分ほどの農家。麦刈りやリヤカー引きを手伝いに行き、米のご飯を食べさせてもらうのが、休日の楽しみだった。親元を離れていたこともあり、K子さんの家は第二のふるさとのようだった。

 一九四四年(昭和十九年)十月十九日午後二時すぎ、空襲警報。工場から男女八人で避難場所の松林めがけて走った。あと百メートルほどというところで戦闘機が、機銃掃射を浴びせてきた。弾は二メートルほどの間隔で、土煙をあげて撃ち込まれる。あぜ道の横の溝に伏せた。K子さんは、十メートルほど後ろで伏せていた。

 戦闘機の爆音が遠ざかったと思ったら、今度は、グルングルンと重苦しい爆音が聞こえてきた。見上げると、三機ずつ四列に編隊を組んだ爆撃機が、ヒューッと空気を切り裂くような音を立て、爆弾を落としている。空は、豆粒のような爆弾で埋め尽くされ、黒く見えるほど。工場は火の手と煙で見えない。

 敵機が去って起き上がり、K子さんの名を呼ぼうとした瞬間、電気に打たれたように動けなくなった。K子さんの頭は、半分がえぐれたようになくなり、周囲に血や肉片が飛び散っている。

 K子さんの家に知らせに走った。顔は汗と涙でぐじゃぐじゃ。ただ黙って、お母さんに血のついたK子さんの防空ずきんの切れ端を渡した。

 十カ月後、敗戦を迎えた。だれにともなく「バカヤロー」と大声で怒鳴り続けた。「K子さんを返せ、バカヤロー」(聞き手・報道本部 小川郁子)

【追想】 今も苦い思い
 帰郷した時、前田さんの父は前田さんの顔をまじまじと見つめ、「おまえ、死んだんじゃないのか」と言った。K子さんが亡くなった時の空襲が「犠牲者多数、壊滅的被害」と報じられたためだった。

 甘酸っぱい思い出となるはずの初恋が、戦争のために悲しい記憶にすり替わってしまった。前田さんは「なんのために多くの人が命を落としたのか。戦争は本当に理不尽」と、今も苦い思いを抱いている。