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2000年1月6日朝刊 |
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ポニー製菓が倒産 有珠山噴火の休業が響く |
| 【虻田】菓子製造販売のポニー製菓(本社・胆振管内虻田町、川越宏社長)は五日、二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。信用調査会社の東京商工リサーチ室蘭支店によると、負債総額は約十三億円。業績が低迷していたのに加え、有珠山噴火で四カ月余り休業を余儀なくされたことが響いた。有珠山噴火関連の倒産は初めて。 同社は一九七一年の創業で、観光土産用の洋菓子を製造し全道に出荷。「夕張メロン・ナチュラルゼリー」やトリュフチョコの「北海道賛歌」といったヒット商品を生みだし、ピークの九七年二月期の売上高は十億七千百万円あった。しかし、長引く不況や道内を訪れる観光客の減少などが響き、二〇〇〇年二月期には七億三千万円に落ち込んだ。 昨年三月の有珠山噴火で工場の操業がストップ。七十一人の従業員のほとんどが避難し、西山火口から約一・五キロの距離にある工場も六月七日まで避難指示区域になっていた。解除後も設備に亀裂が入るなど被害があったため、八月上旬まで再開できなかったことが経営悪化に拍車をかけた。操業再開後は従業員を三十八人まで削減していた。 大野貴秀専務取締役は「お中元用のチョコレートやゼリーの製造を、噴火ですべてキャンセルせざるを得なかったのが響いた。現在、操業を引き継いでくれるという会社があり、従業員の再雇用を含め交渉している」と話している。 |
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2000年1月5日朝刊 |
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窯業のTYK、有珠噴火の厄介もの活用 火山灰でタイル試作 |
| 【室蘭】室蘭市茶津町に営業所がある窯業のTYK(本社・東京、牛込進社長)が、有珠山の噴火による火山灰を焼き上げたタイルを試作した。商品化できれば厄介ものの火山灰の有効利用につながると、関係機関から注目されている。 同社の主力製品は製鉄などに使う高温の炉の内側に使われる耐火れんが。それだけに火山灰を焼いて固める技術はお手のもので、同社室蘭営業所の田中孝幸所長が昨年七月、道が火山灰の有効利用策を募っているのを知り、「復興のお手伝いに」と、火山灰を岐阜県多治見市にある同社研究所に送った。 研究所で試行錯誤した結果、焼く温度や粘土に混ぜる火山灰の量によって微妙な色合いの変化が出ることなどが分かった。火山灰一〇〇%から、粘土に火山灰を四%混ぜたものまで、混ぜ具合を変え、焼く温度も千百度から千二百度台の間で変化をつけ、十センチ×五センチのタイルのサンプル約三十個を作った。 道は昨年十二月末、これを有効利用できないかと胆振管内虻田町役場に提供。同町は「具体的な商品にならないと分からないが、厄介ものの火山灰をうまく利用できれば期待したい」(企画財政課)と話す。 同社は「外壁用のタイルや、道路の縁石などの土木関連製品、さらにはおみやげの素材など利用法はいろいろ考えられる。ただ、コストがどうなるかなど課題も残っている」(田中所長)といい、製品化に向けてさらに研究を進める考えだ。 |
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2000年1月4日朝刊 |
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荒町さん一家4人、復興と安住を新年に託す |
| 有珠山噴火の年が明けて2001年−。いまもなお約1700人の被災住民たちが仮設住宅などで避難生活を強いられているが、希望を胸に、それぞれが一歩を踏み出した。胆振管内虻田町の団地を出て7カ月、同管内豊浦町東雲町の仮設住宅に住む一家族の新年にかける思いを追った。(社会部 中原洋之輔) 虻田町の洞爺湖温泉街から約十キロ離れた豊浦町。公園の一角に建つ仮設住宅に、オレンジ色の明かりがともる。 元日午後六時。一家四人が、六畳二間にバス、トイレの仮設住宅にそろった。大みそかから高速道路の除雪作業に当たっていた荒町誠さん(31)。昨年五月、虻田町に開局した「FMレイクトピア」のパーソナリティーの仕事を終え、この日早朝に帰宅した妻の美紀さん(30)。そして長男の晃生君(7つ)と、長女の優生ちゃん(5つ)。 食卓には、子供たちの好きな手羽先の塩焼きやお節料理が並ぶ。二人がはしゃぐたびに床が揺れる居間で、誠さんは「新年を迎えたという気がしない。昨年三月末の有珠山噴火の時点で、時間が止まってしまったんだね」。 渡島管内森町出身の誠さんは、洞爺湖の遊覧ボート会社の従業員。春から夏にかけて、昼はボートを操り、夜は湖上で開かれる「ロングラン花火大会」で、ボートを運転して花火を打ち上げた。見物の観光客や恋人たちのために、特別の思い出をつくっているという充実感がたまらなかった。 一九九二年に美紀さんと結婚。九四年に虻田町洞爺湖温泉町の団地の四階に入居。「思い出は、すべて洞爺湖。定時制高校に入った十五の春から湖で働いているんだ」。美紀さんとのデートも、家族四人の暮らしも、洞爺湖畔から始まった。 だが、団地は、金比羅山火口からわずか二百メートルの位置。噴火で泥流に埋まり、強制退去となった。湖での仕事はなく、昨年十一月までは道路の復旧工事などで、その後は高速道路の除雪作業で生活費を稼ぐ日々。 洞爺湖畔で新世紀を祝う打ち上げ花火が元日午前零時すぎに始まった。観光遊覧船乗り場前の広場に設けられたFMレイクトピアの特設スタジオに、美紀さんはいた。 美紀さんは後志管内留寿都村出身。留寿都高在学中に、弁論大会や意見発表会に出場。FMの職員に採用されてからは、その経験を生かし、歯切れのいい声で、地元に災害情報を伝えてきた。 放送の最後、美紀さんはマイクに向かって語った。「私も家をなくし、つらい思いをしました。今年は復興に向けて頑張っていきたい」。正月休み明けの四日からはまたマイクの前に座る。 誠さんもいう。「春になって、船の上から『あれが去年、噴火した山だよ』って言えるようになったら、初めて年が明けたと感じるんだろうね」 |