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2006/08/23(水)夕刊
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭が始まったのは一九九○年。行政が主催する同規模の「山形国際ドキュメンタリー映画祭」は八九年、「アジアフォーカス・福岡映画祭」が九一年にそれぞれスタートしている。全国各地で大小さまざまな映画祭が始まった時期でもあった。
「十五−二十年前は全国の地方都市で映画館が閉鎖され、鑑賞する機会が失われた時期だった」。文化庁芸術文化課の佐伯知紀調査官は映画祭が広まった背景を分析する。きっかけは市制百周年記念などそれぞれだが、「映画を見たい」という素朴な欲求が原動力だった。夕張のように自治体のリーダーがトップダウンで主導したものから、住民有志が手弁当で始めたものまで運営の形もさまざま。その後、ビデオの普及などで、特色やテーマ性の薄い多くの映画祭は立ち消えている。
今も続く映画祭も岐路にある。ドキュメンタリーをテーマに世界でも高い評価を得ている山形国際ドキュメンタリー映画祭。隔年の十月に開催し、昨年で九回を数えた。二○○五年までは山形市が中心の実行委員会が主催し、約一億円を市が助成してきた。来年度、実行委を民間人を中心とした特定非営利活動法人(NPO法人)への衣替えを準備している。「存続のための独立。市の財政や首長の方針で縮小、消滅させないためです」。映画祭事務局の浅野藤子さんは説明する。夕張のように財政破たんに直面してはいないが、今後、市の財政が厳しくなることを見越しての選択という。
もちろん、NPO法人化しても当面は現在と同規模の助成が無ければ運営はできず、山形市も支援を確約している。それと同時に、自立するために個人や法人からの寄付協賛を募り、映画祭以外に映像を軸にして産業、教育など多角的な事業展開をもくろむ。「将来的に映像文化都市『山形』を目指す、コーディネーター役です」
NPO法人移行に当たって過去の実績や信用、ネットワークをどう引き継ぐかが課題となる。「山形市という看板があったから地元経済界も支援してくれた。これからは映画祭として独自に小さくてもいいから数多くのパイプをつくらなくてはいけません」
山形、夕張はともに文化庁の国内映画祭支援制度の助成を受けてきた。運営主体が変わった場合、審査では継続性と実現性がポイント。「運営が行政中心でもNPO法人であっても、映画祭自体が現実的に実施可能な計画かどうかが大切です」(文化庁芸術文化課)。仮に夕張で民間主導の映画祭が再開された場合も同様という。
山形の浅野さんは市の援助でやってきた映画祭がそろそろ自立する時期と振り返る。「同時期にスタートして続けてきた仲間として、夕張の映画祭も細くていいから続けていってほしいです」 |