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| <1> 映画監督 山田洋次さん |
夕張市は財政破たん後、最初の新年を迎えた。公共料金引き上げなど、住民負担増が本格化する今年、日々の暮らしはどう変わるのか。不安を抱えた市民のために、ゆかりの深い人たちから寄せられた、激励のメッセージをお届けしよう。(5回連載しました)
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国の言いなり いいのか
夕張を初めて訪ねたのは一九六一年、野村芳太郎監督作品「あの橋の畔(たもと)で」第三部の助監督としてです。ヒロインの放浪シーンのロケで、谷間に真珠をばらまいたような夜景がとても魅力的でした。「札幌から遠く離れた山の中に、こんな大きな街があるなんて」と驚きました。
それ以降、自分の映画「同胞(はらから)」(七五年制作)のラストシーンに夕張を選ぶなど、何度も足を運びました。僕は終戦後の一時期、山口県宇部市の炭鉱で坑外のアルバイトをしたんです。中学生の僕をからかったり酒を勧める、くったくのない坑内員たち。そんな記憶から、炭鉱街への親しみがありました。
「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」(七七年制作)を撮った時は、古い旅館にみんなで泊まり、とても親切にもてなしてもらいました。高倉健さん演じる主人公の妻役、倍賞千恵子さんが住む日吉地区の炭住(炭鉱住宅)にも、何度も通ってね。
ラストシーンは、希望を象徴するように、青空の下で強くはためくハンカチを撮りたかった。具合の良い風を待つ間、仲良くなった近所のお宅で弁当を食べる場所を借りたり、お茶をごちそうになったものです。暮らしている人たちの気持ちがとても開放的で、よそから来た人も平気で受け入れてくれる。「住みやすい街だな」と思いました。
その夕張が財政再建団体になるなんて。健さんと倍賞さんが演じた夫婦も、幸せな老後を迎えるわけにはいかないのでしょうか。
夕張がこれからどうなるかは、市役所で働く人たちも含め、住民にとっての戦いです。国の言うままに「はい、そうします」でいいのか。最低限度の生活か何か知らないが、それ(再建計画)を決める人の責任は重い。国の役人は、「生涯、夕張を応援していく」くらいの気持ちで対応すべきです。
夕張の街がどうなるかは、「市民が行政にどうかかわっていくか」のモデルケースとなるでしょう。国は夕張市を、赤字自治体をどう扱うかのサンプルにしようとしていると感じます。
いまの行政は、まず文化面から節約しようとします。国際映画祭を休止だなんて、だれでも考えつくこと。さらに健康保険制度、老人福祉などで、弱者を切り捨てる政策が続いているのは、腹立たしい限りです。
二十四時間いつでも入れる無料の公衆浴場、子供と手をつないで帰ってくる湯上がりのお父さん−。僕にとって、炭鉱の街・夕張で暮らす人たちの文化はあこがれでした。炭鉱がなくなったからといっても、そうした文化は長く語り継がれるべきものです。火を消すように消し去ってしまってはいけません。市民のみなさんには、まなじりを決して頑張ってほしい。
市がロケセットを保存した「幸福の黄色いハンカチ 想い出広場」は、夕張の観光にそれなりの役割を果たしたと思います。市民有志がNPO法人をつくり、その存続に努力してくれるのは、本当にうれしい。具体的に何ができるか考え中ですが、僕も協力を惜しまないつもりです。
<略歴>
やまだ・ようじ 庶民の哀歓を人情味豊かに描き続ける国民的映画監督。東大法学部卒業後、松竹に入社、1961年「二階の他人」で監督デビュー。渥美清主演の「男はつらいよ」シリーズ、「家族」(70年)「息子」(91年)「学校」(93年)など代表作多数。「幸福の黄色いハンカチ」で第1回日本アカデミー賞監督賞、96年紫綬褒章、2004年文化功労者。大阪府出身。75歳。 |
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