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2007/03/08(木)朝刊
財政再建団体になった夕張市では、誰もが再生への道を模索している。市の発展を支えた炭鉱が消え、夢を託した観光が市政の手を離れた今、「夕張再生」とは何を意味するのだろう。地方行政にくわしい小樽商大大学院の相内俊一教授(60)=政治学・公共経営=と街を歩き、地元の人と語り合いながら、その答えを探した。(報道本部の小林宏彰が担当し、番外編を含め5回連載しました)
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| 「旧産炭地の長期的な再生計画が必要だ」。相内教授(右)と中沢さんの出した結論は同じだった。財政の再建だけに終わらせないために、政治は何ができるのだろう |
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誰でも同じ
「中田鉄治前市長(故人)の観光政策に間違いがあったなら、どうして止めなかったの」。相内教授が口火を切った。
市が財政再建団体になった六日午前、破たんの根本を問い直すため、電灯がまばらにともる夕張市役所の地下一階を訪ねた。
私(小林)と相内教授の面会相手は、民主党元衆院議員・中沢健次さん(72)。夕張市職労委員長を経て、一九八六年に初当選。通算十四年、国政の立場から、観光事業を推進する中田前市長を支えてきた人だ。
「中田さんには観光施設の経営判断を誤った責任はある。ただ、僕が市長でも同じことをするしかなかった」。中沢さんの答えには、国の石炭政策に翻弄(ほんろう)され、主産業の炭鉱を失ったことへのやるせなさがにじんだ。
漏れるため息に、相内教授が言葉を重ねた。「事情は分かるよ。でも、国も中沢さんも、炭鉱なき後の旧産炭地の再生策をきちんと考えてこなかった結果じゃないのか」
財政は支援
「国は旧産炭地に金をばらまいたが、地域が将来どうあるべきかを示す政策が欠けていた」。相内教授は持論をぶつけた。「財政的に支援をすることと、国として産炭地の振興を考えることは別問題だったはずだ」
夕張の街をつくった北炭(北海道炭砿汽船株式会社)は、閉山処理を市に丸投げして撤退。炭鉱住宅の改良など、閉山後の処理費用は五百八十億円に上り、このうち三百三十億円を市が借金(地方債)で負担した。市は再生への道を観光事業に求め、突き進んだ末に破たんした。国は「市の自己責任」という。本当にそうか。私には疑問だった。
「旧産炭地への国の地域振興策は結局、『各自治体で頑張りなさい』ということで終わってしまった。長期的な再生プランが必要だった。責任を感じている」。中沢さんは胸中を明かした。
最後の仕事
私たち三人は、同じことを考えていた。市は今後十八年間で、三百五十三億円の赤字を返済する。財政は再建するだろう。ただ、それは「再生」とは別のものだ、と。
「再建計画を進める中で、まちづくりのビジョンを早急にまとめる必要がある」。二月末、市長室を訪ねた私と相内教授に、後藤健二市長はこう語っていた。市民は未来への明確な道標を求めている。
政治に何ができるのか。市政の失敗に直面した夕張市民の多くは、そう思うだろう。借金返済の元手を、住民から取り立てるだけの市や国なら、存在意義はないはずだ。
「地元と国、道の役割を決め、旧産炭地再生の処方せんをつくるべきだ。遅すぎると言われるだろうが、最後の仕事として取り組みたい」。中沢さんは、そう話した。
<略歴>
あいうち・としかず 札幌市出身。北大大学院博士課程修了。道教大岩見沢校助教授を経て、1998年に小樽商大教授、2004年から現職 |
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