緊急リポート 転落・夕張市、再建団体へ
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<上> 急展開 崩れた自主シナリオ
2006/06/18(日)朝刊

 十七日午後、夕張市役所は週末の土曜日に似つかわしくない慌ただしさに包まれていた。四階会議室に部長級職員約十人が集まり、後藤健二市長と向かい合った。「夕張市 財政再建団体に」。市長の決断を伝える新聞報道の見出しが、協議の焦点だった。

 後藤市長が廊下に出てくると、報道各社の記者が取り囲んだ。「申請までのスケジュールは?」。「(まだ)全く考えていない」。顔には何か吹っ切れたような表情が浮かんでいた。

 発端は、四カ月前にさかのぼる。

異例の上京

 二月七日。後藤市長は中島秀喜助役とともに東京・霞が関の総務省を訪れた。「特別交付税の確保に関する要請」(市幹部)だったが、市長と助役がそろって上京するのは異例だった。

 この場で、二人は同省幹部に市財政の厳しい状況を説明した。話題は次第に一時借り入れの資金繰りの窮状に及んだ。

 「何か特別な支援策をとってもらわないと、大変なことになるんですよ」。この言葉が、同省幹部の強い関心を呼んだ。

 三月。道庁幹部が総務省に同じ幹部を訪ねた際、総務省幹部は言った。「夕張はどうなっているのですか」。夕張市は十年以上、金融機関からの一時借り入れを繰り返しながら、財政赤字の表面化を回避する手法をとってきた。違法とまでは言えない。

 しかし、当初から「自転車操業」の危うさをはらんでいた。それが今、霞が関で大きな懸念材料となっていた。

強弁に終始

 夕張市の新年度予算が成立し、年度が変わったころ、これが「うわさ」として外に漏れ始める。「夕張市は再建団体になるしかない」「再建団体になっても完済できないほどの負債らしい」。中には、資金ショート説まであった。

 六月に入ると、夕張市の幹部は北海道新聞記者の取材に対し、三百億円の巨額に達した一時借り入れの実態を認めた。

 一時借り入れの手法については「脱法と言われるかもしれないが、赤字を回避するにはこれしか方法がなかった」と釈明。年々増え続けてきた五百億円もの負債の処理に関しては「地方債と一時借り入れのバランスを取りながら、(負債)全体を少しずつ減らせばいい」と強弁とも取れる説明に終始した。

 この時点で、夕張市の幹部はあくまで自主再建のシナリオにこだわっていた。市は二年前、「行財政正常化対策」を改定した。「正常化」の名称に「この『異常』な財政から早く脱却したい」との思いを込め、職員削減や組織の統廃合、事業の見直しなどに取り組んできた。

市長が決断

 だが、流れは急展開した。巨額負債の実態が報じられ、十五日、中島助役が道庁に呼ばれた。

 「資金繰りの限界は近いのでは。そろそろ法的な手続きを検討してはいかがですか」。道庁幹部の口調は穏やかだったが、意味するものは明白だった。

 六月上旬、夕張市の幹部は再建団体について「われわれは事務方。もし再建団体を決断する時が来れば、選挙で選ばれた市長がする」と話した。

 後藤市長が再建団体指定の申請を決断したのは、その十日後だった。


 かつて石炭の町として栄えた夕張市が、ついに自治体の「倒産」を意味する財政再建団体入りする。ここに至る背景や広がる波紋を追った。(夕張支局 横井正浩)